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「RIZIN.11」(2018.7.29)感想 [プロレス・格闘技]

「RIZIN.10」がしょっぱすぎて見ようかどうか迷ったのだが、「RIZIN.11」は全試合とても面白かった。

最も良かったのはメインの浅倉カンナ vs RENAの試合。この試合は浅倉カンナが完全にRENAの打撃を封じて一方的な内容で判定勝ちしたのだが、両者ともかなりレベルアップしているのが一目でわかるほどだった。

RENAは弱い選手ではないのだが、打撃の選手がレスリングの選手を苦手にするパターンのまんまで、タックルからホールドされて動きを封じられる流れをどうしても克服できない。レスリング経験のないグラップラー相手なら余裕でいなせる場面で食い下がられて倒れてしまい、そのまま浮いた部分をキャッチされてしまう。

浅倉のような選手が苦手なだけなのに、彼女にチャンピオンを取られてしまったせいで勝たなくてはいけなくなり、距離を縮めてタックルに入られるの繰り返し。最悪引き分け判定で良いとなれば戦いようもあるのだが、去年の大みそかに負けたのが大きかった。

浅倉カンナも打撃はほとんど当てさせないレベルまで成長していて、これは何度やっても同じかもしれない。スター性のあるRENAの使いどころがなくて運営も困るところだろう。

その他の試合も良かったのだが、驚いたのはほぼ輝きを失ったはずの五味隆典が全盛期の8割くらいの勢いでブンブン振り回せていたこと。五味の全盛期はとっくに過ぎていて、打たれ弱くもなっているのに、頑張って仕上げてきていて驚いた。もうちょっとぐらいはいけるかもしれない。個人的には脳へのダメージも考えてそろそろ引退してもらいたいのだが。

あと面白かったのは石岡沙織 vs 山本美憂。山本美憂はホントすごい。年齢的に伸びしろがあるとは思えないのに、まだまだ成長している。総合ルールなので成績はパッとしないが、これがもし拳による顔面への打撃なし、スープレックスポイントありの総合ルールなら彼女はチャンピオンクラスの強さを保っているはず。女子レスリングのオリンピック採用が遅れて彼女はオリンピアンとかいうものにはなれなかったが、もう1大会早く採用されていれば間違いなくメダリストになっていた。

身体能力は衰えてきているはずなのに、素晴らしい努力だと思う。

いやー面白かった。今回は良かった。「RIZIN.12」もたしか終わってるんだよね。

期待していいのかなー。


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「ロック・レジェンズ <ロッド・スチュワート>」(2013年作品)感想 [音楽]

3DD PRODUCTIONS制作の音楽番組「ロック・レジェンズ」season1よりロッド・スチュワート編。





この番組のスタンスと自分の音楽遍歴がまったく合わないのだが、ロッド・スチュワートに対する扱いも同様であった。

80年代から洋楽を聴き始めた自分にとってロッド・スチュワートは浮き沈みの激しい音楽業界で70年代から生き残ってきた古参歌手であり、良い楽曲を作りソロで売れる歌手であった。彼の80年代に出したヒット曲が大好きで、ライブでは「セイリング」を聴くのが好きだった。しかしこの番組では全否定である。曰く80年代は退屈で低迷期であったと。

しかし番組で解説している連中の話はまるでウソだ。70年代の大スターだったロッド・スチュワートが80年代にさほど売り上げが芳しくなかったのは1世代前の歌手だったからだ。ロックなんてものはしょせん流行歌だから、ひと昔前の音楽ほど古ぼけて感じる。普通は時代が一回りしたところで新しい歌手ほどには古い歌手は売れなくなる。それはファンが子育てに入るからだ。70年代にロッド・スチュワートに夢中だった男女は彼の曲をバックに恋をし、家庭を持ち、音楽を聴かなくなる。

むしろロッド・スチュワートやデヴィッド・ボウイはアメリカに渡ったことで音楽的にも新しい刺激を受けて、また新天地の新規のファンを掴んだことで生き残ったのである。80年代のダンスミュージックへの接近によって音楽的な質が落ちて売れなくなったとするのはまったくのウソである。70年代のスターたちの多く、クイーンもキッスも80年代は生き残るのに必死だった。80年代は彼らの時代ではなかった、それだけのことだ。

90年代に入り再び売れ始めたのは、アンプラグドの流れに上手く乗ったからだ。これはエリック・クラプトンにしろ提案者のジョン・ボン・ジョヴィにしろ、演奏に自信のある人間にとっては良かったかもしれないが、演奏がさほど上手くはない、表現衝動だけで音楽を志向する人たちからチャンスを奪う暴挙であり、ロックはおっさん臭いものになり果てて洋楽は輝きを失ったのだ。

ブルースというものに至上の価値を置き、それに接近するというのは音楽評価のひとつの側面に過ぎず、別にブルースなどなくても音楽は奏でられる。一発屋でも何でも輝いてみせると構えた若者をいかに集めるかが重要なのに、アンプラグドは勝手に敷居を上げ、ロックは自滅したのだ。

ロッド・スチュワートという人物は、浮き沈みの激しいショービジネス界で生涯一線級に留まり続けたショーマンであって、音楽の探求者でも何でもない。

時代に求められるものを演じてきた、それだけのことだ。80年代、彼は素晴らしい楽曲を多く発表しており、むしろ70年代よりバラエティーに富んで面白いくらいだ。








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「DEATH NOTE -デスノート-」(2006年作品)第10話 感想 [アニメ/特撮]

キラである夜神月と“L”がお互いに親睦を深め合うそぶりの中で探り合いをする話。

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テニスのシーンは少女漫画っぽくて好きだわ。バカバカしいけど面白い。

思いがけずに父親が心臓発作で倒れたことで流河旱樹が本物の“L”だと証明され、夜神月が1歩だけリードしたところ。親睦を深め合うという名の尋問中は月が押され気味で、キラではないかとの疑いが濃厚になるばかりだったところに偶然の心臓発作が重なって逆転。この辺が上手い。

さらに来週はテレビ局を巻き込んだもうひとりのキラが出てきて状況はさらに厄介になり、月の立場がどんどん有利になっていく。この辺の駆け引きは本当に上手く状況をコントロールしていた。作者が有能なのか編集が頑張ったのかは知らない。

アニメもやっぱり面白いね。これはたまらんものがある。


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「MONSTER」(2004年作品)第26話 感想(秘密の森) [アニメ/特撮]

ハンス・シューバルト宅で朗読のバイトをしていた青年たちのうち、木曜日担当だったファーレンは自室で自殺をしていた。

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彼を実の息子だと信じ込んでいたシューバルトはひどく気落ちし、食事も喉を通らない有様であった。

シューバルトの依頼を受けてファーレンのことを探っていた私立探偵のリヒャルトは、木曜日の青年ファーレンが彼の実子ではないと調べ上げていた。ところがそれをシューバルトが信じないことに不信感を持ち、ファーレンについて深く調べようとしていた。

ファーレンはウソのつけないタイプで、自殺するような人間でもなかった。ところが彼はシューバルトに対してウソをつき、自殺して死んでいる。そこで探りを入れていくうちに、彼が残した遺書が、本の一節を訳しただけの代物で、偽の遺書だと判明した。

そこでマルゴット・ランガーを自称し、見舞金を受け取り続けている女に尋問をすると、彼女の元には2組の人々がやってきてシューバルトの息子を語ったという。1組はカール・ノイマンとロッテ、もう1組はリヒャルトと金髪の青年であった。リヒャルトには金髪の青年に心当たりがなかった。

そのころカール・ノイマンとロッテには、金髪の青年ヨハン・リーベルトが接触してきていた。ヨハンはカールの心に入り込み、すっかり信用を得ていた。彼ら3人は気落ちしたハンス・シューバルトを慰めるため、彼が愛したとある森へと連れていくことにした。

ところがその森は開発の影響ですっかり面影をなくしていた。途方に暮れるカールを尻目に、ヨハンは巧みな誘導で目の見えないシューバルトに森の面影を見せてしまった。

という話。なかなか怖ろしい。ヨハンの犯行の現場が描写されるのは、テンマと初めて接触した日以来であるが、ここへきて急に詳しく彼の犯行手口が描かれ出した。

詐欺師、というより新興宗教の教祖、それもかなり強烈に他人の心に感情移入できる危ない人物ではないかと思う。他人に感情移入して相手の心の中を言い当てる人間というのは確かに存在する。芸能人でいうと島田紳助という人物がそうだった。他人の心の中に入って相手をすっかり信用させる能力を持っているのだ。

「弱者に対し、同情はしても共感はするな」とウチの母親がよく言っていたものだが、共感に慣れていると騙されやすい人になる。

ヨハンのおおよその能力が垣間見れる、なかなか怖ろしい回であった。


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「ヤマノススメ サードシーズン」第5話 感想(グンマ?) [アニメ/特撮]

群馬県吾妻郡高山村にあるロックハート城にみんなで遊びに行く話。

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山登りは関係なし。ここなちゃんだけカメラが写ルンでした。

あまり山にも登らないようだし、15分に戻して正解でしたね。感想も何もない。


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「SHIROBAKO」(2014年作品)第22話~24話・最終回 感想 [アニメ/特撮]

いやー、堪能しました。何度も観てもいい。劇場版も楽しみです。

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第22話~24話は「第三飛行少女隊」最終話が全面ストップ、脚本からやり直しと原作者からクレームがついて大わらわになるところ。ちなみに大童(おおわらわ)と書きます。大きな図体をした大人が忙しすぎて髪の手入れが出来ずボサボサ頭でうろつくさまのこと。

これ結局は編集の茶沢が話を止めていたことが原因だったわけで、100%出版社側の責任。アニメ業界の皆様方におかれましては誠に申し訳ない。出版社も縁故採用とか学閥採用とかあるからヘンなヤツが入ってくるんすよ。でもあんな奴ばっかりじゃないんで。まぁ原作者と編集が結託して「けものフレンズ」みたいな事件も起こしていますけど。

その茶沢を野亀が一括して吹っ飛ばし、問題は解決しました。なんか野亀氏のフィギュアに吹っ飛ばされている茶沢がおまけについているみたいな商品があった気がする。あれ、一瞬だけ欲しくなったんだよな。移住前だったんで自重したけど。木下監督のねんどろいどが欲しかったのに出なかったな。

有名なラストシーンなので本編には置いといて、このBD最終巻は水島努と水島精二のオーディオコメンタリーがあってこれが最高に面白い。

歳が同じで、会社は違うが同期入社で、同じ制作進行で、同時期に独立して、ほぼ同時に人気監督になったふたり。とはいうものの、水島精二はガワのモデルになっただけで「SHIROBAKO」には関係してないんですけどね。

それなのにあまりに有名になってしまったおかげで打ち上げにも呼ばれ、本人もノリノリで水色のポロシャツまで用意したのに当日風邪で不参加だったそうです。残念ですね。

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「楽園追放 -Expelled from Paradise-」の話題も少しばかり出てきます。

「SHIROBAKO」はオーディオコメンタリーが面白いので、それだけもう一度見て感想でも書こうかと考えております。マジで全部良かった。奇跡のようなアニメですわね。





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「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? - New Color Grading -」(1993年作品)感想 [映画]

オムニバステレビドラマ「If もしも」のワンエピソードだったものを劇場作品に再編集した映画。監督は岩井俊二。アニメのやつとは違います。

この映画の内容については語られ尽くしているはずなので触れない。それよりもっと書いておきたいことがあるがあるからそちらを優先する。

この作品も何度も観たことがあり、好きな作品のひとつなのだが、納得がいかないのはこの映画で岩井俊二が持ち上げられるのに、新海誠の「君の名は。」が同じ種類の作品であるのに貶されている点。どうして同じ志向性を持つ監督の類似性を指摘しないのか。なぜその中から相違性を探っていかないのか? なぜ興行収入のみで作品を語るのか?

なぜ実写だと芸術作品で、アニメだと大衆作品なのか。

総監督:新房昭之の方の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は、映像的にはただのアニメであったが、新海誠は演出や志向性も含めて岩井俊二に近い。それは「言の葉の庭」や「秒速5センチメートル」を観ても明らかなのに、どうして彼を「アニメ界の岩井俊二」と評さないのだろうか? ポスト宮崎駿などというのはカネの問題であって、作品は宮崎駿とは一切関係ない。

現在のアニメ界に批評が欠落していると感じる最たる例が新海誠と岩井俊二の類似性に言及がない点である。実写映画の批評家はアニメの監督など知りたくもないし論じたくもないのだから、アニメ界の方で「新海誠は岩井俊二のような映像作家で、アニメというよりオープンな市場で大きな成功を収めました」と紹介すべきだった。

新海はアニメファンがBDを買って育てた監督なのだから「わしらが育てた不細工な岩井俊二」と堂々と紹介したいものである。実写関係者も「アニメ界の岩井俊二的扱い」の人物だとされた方がとっつきやすかったであろうに。売れたから宮崎駿と関連付けて論じるのは阿呆以下の知能と言われても仕方がないだろう。

細田守や新海誠をまともに批評できずカネの話しかしないバカばかりだからアニメ界は低能扱いを受けている。

ニュータイプが創刊されるまではちゃんと批評する空気もあったのに、カドカワが絡んでカネの話ばかりになってしまった。


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「空へ-救いの翼 RESCUE WINGS-」(2008年作品)感想 [映画]

手塚昌明監督の自衛隊救難隊を描いた作品。

幼い頃に自衛隊のヘリコプターに母親を救助してもらった経験のある離島育ちの少女川島遥風が、自らも自衛隊のヘリパイロットとなって人命救助の大役にあたるという物語だ。川島遥風の所属は小松救難隊。

未熟ながら必死に成長しようと頑張る主人公に素直に感情移入できる作品。すべて本物のを使って撮影されているので緊張感が違う。作り物なのはわかっているが身が引き締まる思いがするのだ。主役の女の子も凛としていて良い。

ひとつひとつのレスキューの場面などは良いが、科白と科白の間が空きすぎる最近の日本映画の弱点があって残念。科白は重ね気味で表情芝居はしっかりと、が原則。そこがちゃんとしていればまるっきり印象も変わるはずなのに、表情芝居はほぼなかった。三浦友和と木村佳乃がやっていたくらいだ。こういう基本的な演出がなかなかできない。何を伝えたい場面なのか印象付けが下手だ。

映画として優れているとはなかなか言えないが、それでもやはり自衛隊の命がけの仕事が題材なので良いものを観たという感慨が残る。

最後、まだまだ未熟な女性パイロットがぶっつけ本番で艦船への洋上着艦する場面など、脚本はいいのに、演出がいまひとつであった。

良い映画なのに残念だ。


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「龍の忍者」(1982年作品)感想 [映画]

ユアン・ケイ監督のカンフーアクション香港映画。主演は真田広之とコナン・リー。

前に観たような気もするが、香港映画はある時代にまとめて観ているのであまり記憶に残ってなかった。こうして改めて視聴してみると当時の香港映画っぽくて悪くない。

見どころは序盤の竹馬を使ったアクションシーン。竹馬と書いたが異様に足の長い1本下駄のようなもので、これを履いたままカンフーをやっている場面があって、素晴らしい動きに感動した。

ジャッキー・チェンの初期の映画のようだ。製作総指揮の呉思遠は「ドランクモンキー 酔拳」「スネーキーモンキー 蛇拳」など大ヒットしたジャッキー・チェン映画のプロデュースをした人物で、香港映画界の大立者。

カンフー映画全盛期のものなのでアクションがキレキレ。香港の俳優のことはよくわからないが、敵役の俳優ですら目を見張るような動きをする。

かなり良い部類のカンフー映画なのだが、忍者の格好をした真田広之本人のアクションかどうかわからない部分があり、特に殺陣のシーンなど真田広之のアイデアでやった方が面白くなったかも? 本人がやっていたなら顔を出すべきだった。忍者の装束では顔が隠れているので誰が誰やわからん。

後半の見どころは顔を出した真田広之の剣技。殺陣の監修は日本人がやっているようだ。真田広之は早くハリウッドの出してあげたかった役者であった。素晴らしい。

コナン・リーとのカンフー合戦もそつなくこなしている。真田広之の動きはカンフーのものではなく、後ろ回し蹴りが完全に空手の蹴りになっていて個人的には大好き。香港の一流の役者とカンフーアクションをやって見劣りしていない。

最後はなぜか仲良くなって神打とかいうコナン・リーが喧嘩を売った連中に対して一緒に戦う。


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「MONSTER」(2004年作品)第25話 感想(木曜日の青年) [アニメ/特撮]

バイエルンの大富豪ハンス・シューバルトは曜日ごとに人を雇ってラテン語の書物を朗読させていた。

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彼には妾に産ませた子供がいたが、彼はその子を引き取らず、支援もしなかった。老年になってそのことを悔やみ、元愛人であるマルゴット・ランガーとその死後はマルゴット・ランガーを名乗る女性にお金を渡していた。

朗読のバイトをしていたカール・ノイマンは、ハンス・シューバルトの実の息子であったが、それを打ち明ける前に別の人物が息子を名乗り出ていることに驚いた。シューバルトの身の回りの世話をするアルバイトをしていたロッテとともにその木曜日担当の男を探っていたが、しばらく学校を休んでいた彼は自室で首を括って死んでいた。

そのロッテの友人としてやってきたのはヨハンであった。彼もまた朗読のアルバイトをやっていた。


という話。ヨハンはなんと大学に潜り込んでいた。大学では学校の創立者であった宣教師が書き残した不気味な予言が話題になっており、それによると木曜日の男がやってきて大学にあるすべての書物を焼き尽くすことになっていた。

なかなか不気味な展開であるが、ヨハンの目的がよくわからない。遺産なのか、ハンス・シューバルトの事業なのか、大学への放火なのか。

どれもちょっと小さい気もするし。





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