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「花宵道中」(2014年作品)感想 [映画]

豊島圭介監督による花魁時代劇。主演:安達祐実。

これは悪い邦画。原作がどんなものか知らないけど、映画は安達祐実が主演したことでロリコン映画になってる。可愛いけど艶っぽくないだろ? オレはロリコンはなあ・・・。

安達祐実さんは綺麗な人だが、ロリ系なのでちょっとミスキャストかなぁ。花魁の年齢から考えると安達祐実さんはむしろ年増になるのだが、あの顔は子供にしか見えないし声がまるで子供。子供っぽい恋をする役ではあるけど、花魁っぽくはない。それにロリコン顔でSEXシーンとかあるから犯罪映画にしか見えない。他のキャストも全然合ってない。

全体にすごくおかしなところがたくさんあり、まず言葉使いがヘン。完全に現代の言葉で現代の思考法。大した内容じゃないのにやたらと科白が間延びしていて「いつ喋り出すんだ?」状態だし、睡魔をこらえるのが大変だった。

とりあえず売りは安達祐実のヌードなのだろうが、そんな70年代の日本映画じゃあるまいし、2014年にまだ「あの女優が脱いだ」系の作品が生き残っていたとは想像だにいたしませんでしたよ。

すっごくつまんないです。裸が見たい人だけどうぞ。



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「日本のいちばん長い日」(2015年作品)感想 [映画]

原田眞人監督による2015年版の「日本のいちばん長い日」を視聴。主演は役所広司。

岡本喜八監督の1967年版は未視聴なので比較はできない。

物語は小磯國昭内閣の後を継いで鈴木貫太郎(山崎努)が総理大臣になってから終戦の玉音放送が行われるまで。映画は観ていないがあらましは大体わかっているのだが、半藤一利の原作は中学時代に乱読した中にあったはずだ。ただ読んだものが「決定版」なのかどうかは記憶にない。

主役といえるのは陸軍大臣の阿南惟幾(役所広司)だが、物語が陸軍の青年将校たちのポツダム宣言受諾阻止、戒厳令発令を目的としたクーデターを上層部が抑えるという内容であるため、クーデター主導派の畑中健二(松坂桃李)も活躍する。昭和天皇役は本木雅弘が演じている。

2.26、5.15事件以降、陸軍省と海軍省は手が付けられない状態にあり、それは東條英機に政権を任せようが小磯國昭にやらせようがなにひとつ変わらず、勝てない戦争にのめり込み、無尽蔵に戦費だけ要求してバカ面のままふんぞり返っているだけだった。

主戦論を強硬に主張していた東條が、天皇の意思が開戦回避、和平締結にあると知ってその意に沿うよう懸命に頑張ったなどという世迷い事を信じている奴は頭東條君と言われても仕方あるまい。一義的に国家より陸軍省を優先したバカ官僚に過ぎない東條英機を持ち上げすぎなのだ。あいつらにとって国家は陸軍省の権益を守るための方便に過ぎない。

そうしたバカどもがとにかく「決起決起」と騒ぐ中で、鈴木貫太郎は終戦をやり遂げなければならなかった。戦時中に相手のルーズベルトがなくなった際には立派な弔意を示し、敗戦後の日本の国体を守ることに大きく貢献している。国体国体と喚き散らかしていた陸海軍の阿呆どもの方がよほど国体を破壊したのだ。

この映画は、鈴木貫太郎がのらりくらりと陸海軍を抑え込みながら、陛下の意思に従い粛々と敗戦受け入れの準備を進めていく中で、下からの突き上げが異様なほど高まり、それを陸軍大臣の阿南惟幾が緩衝材になって受け止め鈴木貫太郎をサポートする流れになっている。

東條英機も何度か登場するが、東條の役は主戦論者として徹底抗戦を訴えるだけのバカという役どころだ。これには賛否両論あろうが、個人的に戦争を始めながら終わらせるところまで内閣を維持できなかった東條ほどの無能はいないと思っているので、この程度の役で充分と考える。

終戦を扱った映画に「プライド」という作品があるが、あの映画で強調されている東條英機の有能さは、記憶力がいいという単なる官僚としての有能さであって、結果として天皇制を廃止寸前に追い込んだのは紛れもなく東條をはじめとした陸軍の主戦論者たちなのだから、政治家として結果責任を負わねばならない立場の人間が、天皇制廃止に繋がる結果責任があると理解しながら主戦論を曲げなかったのは白痴に等しいバカなのである。あんなものを賛美する連中の気が知れない。

原田眞人の「日本のいちばん長い日」は、東條に容赦なく、また青年将校に感情移入させない名采配で素晴らしい内容になっている。青年将校どもはバカバカしいほどまっすぐで幼稚な人間として描写されており、天皇を中心に懸命の終戦努力を重ねている鈴木内閣のよい引き立て役である。

それに、昨日視聴した「駆け込み女と駆け出し男」もそうだったが、物語の冒頭に説明的な要素を入れずに状況の提示だけ行い、その複雑な状況を整理する過程で次第に登場人物に感情移入させていく手法はとても面白いし、上手い。登場人物の誰かに極端な感情移入を強いる作風ではないので複雑な状況の全体を描写するのに適している。「突入せよ! あさま山荘事件」もそうだった。

原田監督の脚本と演出が一体となった映画の作り方は、どんなものも最後には語り尽くしてしまう安心感がある。また科白の繋げ方、間の取り方、音の使い方も面白い。映像にいつも独特のテンポがある。語り口と映像も一体となっているのだ。

原田眞人監督作品は出来るだけ観ておかねばならない。


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「ウルトラQ」(1966年作品)第3話 感想 [アニメ/特撮]

第3話「宇宙からの贈りもの」脚本:金城哲夫

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<あらすじ>

セスナに乗って火山噴火の写真を撮って戻ってきた江戸川由利子と万城目淳は、正体不明の物体が海に落下していくのを発見し、すぐさま戸川一平に連絡を入れて海上保安庁に通報した。

謎の物体の正体は、半年前に火星表面の撮影を目的に打ち上げ失敗に終わったロケットのカプセルであった。カプセルの中には地球上のものではない繊維状の物質と金色の球がふたつ入っていた。科学者たちはこれを火星人が送り返してきたものと断定した。

ところがその夜、金色の球は銀行強盗によって盗まれてしまった。その足で銀行強盗は万城目淳の会社に押し掛け、拳銃で島へ行くように要求した。万城目は抵抗したが組み伏せられ、相手の要求を飲むしかなかった。組み合ったときに金色の球のひとつが転げ落ちた。

銀行強盗はセスナで島まで逃げおおせたがそこで金色の球のひとつを落としてしまった。水に浸かった球はみるみるうちに大きなり、なかから巨大なナメクジが出現した。万城目の事務所に落ちていた球の方は戸川一平が拾って江戸川由利子にネックレスとしてプレゼントした。

ナメクジのお化けは火星怪獣ナメゴンであった。島民に発見されたナメゴンを取材するために島を再訪した万城目は、昨夜送り届けた強盗が洞窟内で殺されているのを見て怪獣騒動は自分の責任であるかもしれないと思い、ナメゴンを誘い出して崖の上から海に転落させることに成功した。ナメゴンは海水の塩水で溶けてしまった。

無事に帰還した3人は博士の元を訪れたが、そこでサイフォンの火を浴びた金色の球が大きくなって再びナメゴンが出現した。

<感想>

強盗相手に万城目淳が取っ組み合いの喧嘩をする場面で、殴り合っていたのになぜか次の場面で強盗を島まで送り届けているところの繋ぎが悪い。

強盗と戦ったが分が悪くて仕方なく従った万城目が、そのことを気に病んでいてナメゴン出現は自分の責任だと感じていないといけないが、その説明も不足している。

また島の洞窟に怪獣が出現したと新聞社に伝わったときには、それは火星怪獣であると知っておかなければ万城目がナメゴンと格闘する意味が伝わらない。

脚本の理解が足らなかったのか、編集が悪いのか、とにかく監督がこう撮って繋げてしまったのだから仕方がない。

作品としては非常に緊張感があって素晴らしいし、人間のエゴで行われている宇宙開発はもしかしたら宇宙人にとっては迷惑なのではないか、宇宙人は人間よりはるかに進化していて宇宙には宇宙の法律があるのではないかとの指摘が金城哲夫らしい。また戦争や人種差別を止めない人類はその宇宙人のコミュニティーに加えてもらえないだろうという指摘も彼らしい。

この作品が発表された1966年はまだリベラルに希望があった時代で、当時は左翼主義を理解する進歩的な人間こそ文明人だと信じられていた。明るく幸せな進歩主義に影が差すのは、団塊の世代が70年安保闘争で暴力主義に大きく傾注してからである。70年安保闘争を境に、進歩主義者とは革命のために平気で人を殺す異常者だと世間で思われるようになり、一気に下火になっていく。

60年安保闘争も激しいもので、東大の樺美智子さんが圧死しているけども、まだ世間は彼ら学生に同情的であった。

しかし団塊の世代が行った70年安保闘争は、暴力的な闘争と抗争に明け暮れ、その異常な暴力性から完全に世論の支持は失ってしまっていた。いま団塊の知恵遅れどもが自分たちを平和主義者だと見做すのは、彼らが60年安保闘争時代の人間のふりをして生きているからであり、以後の世代が彼ら団塊を嫌うのは、彼らこそが70年安保の主催者だと知ってるからだ。

「わたしは60年安保的な平和的リベラルです」という団塊の主張は、精神異常者のごとき殺し合いに明け暮れた異常者であることを悟られないためのウソなのである。




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