So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

「仮面ライダーアマゾンズ season2」(2017年作品)第10話~12話 感想 [アニメ/特撮]

橘本部長生きてたwwwしぶといww

511.jpg


ドラマは佳境。イユは父親に食われた記憶を取り戻して発狂。

千翼とマモルくんはアマゾンというだけで追い詰められ仲間に殺されようとしている。

仁と七羽さんが海で再会。

悠と美月はどうなるかわからないが、悠を勝手に生み出した母親はこのままお咎めなしだと納得いかない感じ。

アマゾンたちは悲劇のうちにみんな死んでいきそう。



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「仮面ライダーアマゾンズ season2」(2017年作品)第7話~9話 感想 [アニメ/特撮]

千翼の暴走で黒崎隊ほぼ壊滅。ドラマはさらに白熱してくる。

511.jpg


仮面ライダーの敵がショッカーだったころとは雲泥の差。敵であり狩られる側のアマゾンたちの描写が素晴らしく、また狩る側の人間模様も暗く重く美しい。これ、ライダー最高傑作じゃないの? 全部は観てないけど。

いずれはと覚悟をしていた橘本部長と加納秘書がついに殉職。死ぬ場面の前に橘本部長が千翼が母親食いのオリジナルであったことを責める場面があったのだが、そこの演技が最高に良かった。千翼を怒鳴りつけて問い質すんだけど、そのままアマゾンになるんじゃないかって勢いだった。役者って素晴らしい。加納秘書も能面で腹に一物あるように見せながら最後まで一途に仕事をやり遂げて好感度MAXのまま身体を真っ二つにされて死んでしまった。

第9話では美月によってついに噂の圧裂弾が使用され、マモルくんの取り巻きだったアマゾンが壊滅。彼らはオリジナルであるクラゲみたいなアマゾンを守って死んでいった。どうやらあれは仁の恋人で千翼の母である七羽のようだ。彼女がアマゾンになった経緯は確定していないが、仁とのSEXで感染したというより千翼に食われたときに感染したっぽい。あーでも母体だから七羽が最初のオリジナルになっているのかも。まだ確定はしていない。

「仮面ライダーアマゾンズ」の2期から登場した人物たちは、1期のメンバーと比較して描写時間が短いから損したよね。2期にありがちなことなんだけど、1期でガッツリ感情移入してきた登場人物に比べて温度差が出来てしまう。だから千翼が暴走した場面で1期から出演していた人たちの死と、2期から登場した人たちの死でダメージ具合が全然違ってしまった。黒崎隊のメンバーなんか、モブが死んだみたいだった。


ここからは1期で書き残した続きですが、昭和仮面ライダーの反省(否定)から生まれた平成ライダーの原点に立ち返った「仮面ライダーアマゾンズ」に対し、「仮面ライダーW」は昭和ライダーの肯定から生まれた原点回帰作品だった。

昭和ライダーを否定と肯定から見つめ直したふたつの原点回帰作品は、昭和ライダーの格好悪かった部分と格好良かった部分を改めて提示してくれたと思う。

昭和ライダーで格好悪かったのは、作劇のテンプレに当てはめすぎて善人や悪人をしっかり描けていなかったことだった。ライダーはいつでも正しく、ショッカーはいつでも間違っていて、間違った者たちは殺されて当然とされてきた。

後半の作品になるにつれてほぼいじめのように怪人を殺しまくるライダーは、本当にヒーローだったのだろうか? そう改めて見つめ直したとき、平成の時代に仮面ライダーを作っていく動機が生まれた。平成のライダーは昭和ライダーのように勧善懲悪で殺しまくるだけの正義の味方ではいられなくなった。

一方で平成ライダーは大きな商業的成功を生み、商業的要求を強く受ける作品になっていった。商品が仮面ライダーだから子供ウケというものが意識されるようになり、アーマーで見栄えをよくしてブレードで戦う形が増えてくる。子供はバイクに乗らないからバイクの要素が減って代わりに電車を使ってみようとかアイデアを盛り込んでいくうちにどんどん仮面ライダーから離れていってしまう。そこで本来的な意味での仮面ライダー要素は何か、原点回帰してみようと考え生み出されたのが「仮面ライダーW」だ。

このディケイドというすべてをチャラにする作品のあとに生み出されたライダーは、昭和初期にあったライダー要素である風力エネルギー、アーマーの廃止、マフラーの復活、ライダーの数の制限、探偵要素の復活などを入れ込み、子供向けにコミカルにアレンジされてはいるがハードボイルド風の(それに憧れるキャラの設定)雰囲気とも相まって昭和ライダーを再構築した作品になった。

結局この方向性は長くは続かず、商業的要求はすぐに仮面ライダーを元のゴテゴテしたものに戻していくのだが、肝心なのは昭和ライダーの肯定による原点回帰だった点だ。製作者視点での反省と視聴者視点での肯定の両方による原点回帰は平成ライダーにおいて既に試み済みであり、昭和ライダーのリメイクも劇場版でほぼやり尽くしてしまった。

そして次の時代のライダーが模索されているわけだ。

オレはウルトラマンも仮面ライダーも、大人向けと子供向けに分けて欲しいと願っているが、原点回帰はもはや答えにならない中で、平成ライダーの肯定と否定が、次の時代にどのような創作になっていくのか楽しみにしている。

昭和の肯定と否定はもう終わった。次は平成でそれをしなければならない。その際に、これほど批評状況が悪く、ポジショントークしかしない奴、肯定しか認めない奴、こんなのばかりで本当に平成を乗り越える作品を作っていけるのだろうかと。批評は作品を時代の中に塗り込めて、記憶すると同時に忘れ去っていく作業だ。それが出来ないとズルズル同じことを続けて陳腐化するしかない。昭和ライダーを否定しなければ、仮面ライダーはずっと地獄大使と戦い続けるしかなかった。否定したから新しい作品を生み出せたのだ。

平成生まれの新しい作り手たちは、平成ライダーの肯定と否定をちゃんとできるのだろうか?




コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「ロードス島戦記」(1991年作品)第1話 感想 [アニメ/特撮]

仮面ライダーと同時に「ロードス島戦記」も観ていくことにした。

288.jpg


個人的にジュブナイルからライトノベルへ変化していくきっかけになった作品として位置付けている。

あくまで個人的な分類なのだが、眉村卓、半村良、栗本薫までが一般小説、平井和正から菊地秀行、夢枕獏くらいまでがジュブナイル小説、藤川桂介、富野由悠季が過渡期、水野良くらいからがオレにとってのラノベだ。ここ10年くらいのラノベは小説だとは思っていない。

要はハイティーンが読むちょっと中二病掛かった小説のことで、それをむかしは普通の作家が読者に合わせてレベルを落として書いていたが(眉村卓、半村良、栗本薫までのSF作家たち)、そこ向けにしか書けない作家が現れ(平井和正、菊地秀行、田中芳樹、夢枕獏ら多数)、そこ向けにしか通用しないレベルの文章でも売れればよいとされ(藤川桂介、富野由悠季などアニメ・特撮関係者多数)、ついに一般小説から分離された(水野良ほか有象無象)。オレにとって広義のライトノベルの変遷はこんな感じで頭の中で分類されている。

だからあまり良いイメージは持っておらず、「ロードス島戦記」のイメージも悪い。なにせ角川スニーカー文庫が成功してからというもの本屋の棚はみるみるファンタジーもどきで溢れてしまい、街の本屋からハヤカワ文庫が消えてしまって欲しい本が手に入らず往生したのだ。その状況は改善されるどころか悪化の一途を辿り、東京へ出て出版社勤務となってからは本屋に入るのも嫌になっていた(おい)。

とは言っても、それも過ぎ去った日々であり、水野良以降確立していったファンタジーや異世界のフォーマットもすでに陳腐化、読者は食欲と性欲しかないバカばかりとなった昨今、往年のRPGを思わせる異世界ものも逆に新鮮かもしれないと視聴することになった。

第1話を観た限り、技術的に古さはあるもののかなり凝った作りになっている。デジタルエフェクトがそれほど確立していない時代によくこれだけ凝った画面にしたものだと。キャラクターは80年代風であるものの悪くない。物語もそれなりにちゃんとしていそうだ。RPGっぽいのはこの作家の指向性だから仕方がない。

1979年に連載が開始された栗本薫の「グイン・サーガ」を読み、ドラクエなどで遊んだ世代の創作物なのだなとすぐにわかる。

アニメしか観てない奴が作ったアニメは面白くないとよく言われるが、Jファンタジーを読んで育った世代のJファンタジーだから、これから面白くなくなっていく最初の作品といえるかもしれない。「ベルセルク」の三浦健太郎もそうだが、Jファンタジーに影響を受けた最初の世代くらいまではまだ読める代物ってことなのだろう。

広義のライトノベルの歴史とアニメの歴史はもしかしたら関係あるかもしれず、その解明の手掛かりになるかもしれない。

作品は良く出来ていて悪くない。なかなか面白いですよ。



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ