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「スター・ウォーズ 反乱者たち」第25話 感想 [アニメ/特撮]

どのシーンも素晴らしく楽しい。どのカットも素晴らしく美しい。そしてまったく無駄がない。

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episode 3でアナキンが行ったジェダイ殺しの設定を生かすべく、銀河に新しく生まれるジェダイをベイダー卿が探し出しているらしいというお話なんだけど、殺すのかどうかはまだ不明。episode 4 以降に繋がるような解釈でやるはずですが。

「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」をね、最後まで観てないんだよね。途中で激しくマンネリ化してきて、続けて観るのがしんどくなってきて、いったん視聴を打ち切ったまま放置している。あれを最後まで観ないとなぁ、アソーカがどうなったのかわからないし。

そのアソーカが、ラストの場面で颯爽と登場し、尋問官と対戦した。相変わらず決めポーズが格好良い。

彼女は、シスの暗黒卿がアナキンだと知ってるようだった。まぁ、知らないはずがないので、前に会話の中で「知らない」と答えたのはウソだったんだな。そりゃそうか。

アソーカがどうやってアナキンと袂を別ったのか未視聴で知らないんだけど、彼女がアナキンによるジェダイの子供たちを殺した事件を知らないはずがないので、まだ赤ん坊のジェダイ候補たちを匿って、ルークが活躍していた時代をやり過ごし、7以降の物語に繫げるのかも。

オビ=ワンとコンタクトが取れれば、ルークのこともアソーカが知ることになるから、暗黒面に堕ちたかつてのマスターと対峙したとき、彼女の口からルークの存在を知らされても面白いよな。

いくらでも面白い展開に繫げていけそうな感じだ。

早く続きが観たいよ。

それから、これは第23話らしい。どこかで1時間スペシャルのようなものが2回あって、それが分割放送されて25回目ということのようだ。

レンタルするかな。



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「赤髪の白雪姫」第24話(最終回) 感想(白雪さん、上り詰める) [アニメ/特撮]

良い最終回。白雪とゼンのキスシーンの絵が綺麗でした。

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まだ夜も明けきらぬ時間なので、花壇にランタンみたいなのが置いてあってね、全体に青みを帯びた色調で、奥行きがあって、あの場面の絵は良かった。

ああいうのを部屋に飾っておきたい。漫画/アニメのグッズって、子供っぽいのとかオタクっぽいのしかなくて、アート系の飾れるものってないよね。ちょっと大きめのサイズで出力してくれれば、部屋に飾れるんだけどね。

アニメの背景ファンは数が少ないから、グッズも出やしないよ。「灰と幻想のグリムガル」の背景も良かったのになぁ。

最終話、ついに白雪さんが一市民からタンバルン国王族の友人に昇格し、宮廷薬剤師にも合格し、ゼンの隣に立つことを夢見ちゃってもいいのかなーなんて、ずうずうしい、いや、切実な気持ちを打ち明け、見事に夢を叶えました。

上り詰めたね。まだ王妃じゃないですけど、王妃をゴールにしてしまうと、働く女性の厄介ごとが絡んでくるので、アニメはここまでで正解でしょうね。

面白いアニメでした。ありがとう、白泉社。多分ね、いまでも少女漫画って普通の女子高生がなぜかハーレム状態になる、そんなマンガ読んだって将来ホストに嵌るくらいの未来しか見えないものが主流のはずなんだけど、ちゃんと向学心をもって勉強しながら心地よい友人関係を構築していく主人公を描いてくれて、本当にありがたい。「暁のヨナ」も、ウリナラでさえなければ観たのに・・・。

昨今、まともな人間にスポットが当たるってことがないからね。まともな人間が苦汁を舐めるのは、現実だけでたくさんだよ。薬剤師を目指す少女が主人公って、なんだかありがたい。

ということだから、若い子はちゃんと勉強して、大学で自分に見合った王子様をゲットしてください。このアニメみたいに、誠実にやってもらいたい。男の子もね、頑張ってよ。

来季のアニメのラインナップを見渡しても、男が妄想する都合のいい女がたくさん出てるアニメとか、可愛いけどバカっぽい男を愛でるだけのアニメとかがやはり多い。まぁ売れ線だから仕方ないんですが、たまには「赤髪の白雪姫」みたいなのもないと、本当に全国民がすべてバカって状態になってしまいそうで怖ろしい。

男がお姫様に出会う少女漫画は、発見される喜びくらいしかない。発見してもらうと言っても、初見でわかるのは美貌くらい。「赤髪の白雪姫」は、王子様に出会って、王子様の傍にいてふさわしい自分になっていく少女の成長の物語があった。見つけてもらうだけじゃなく、自分を認めてもらう努力があった。そこが良かったよね。面白かった。

次の白泉社のアニメ化も楽しみにしております。



ハーレムものなら観ないけど。




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「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」第25話(最終回)感想 (評価に悩む) [アニメ/特撮]

付かず離れず、結局最後までそんな感じだった。

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もっと物語世界に安心して没入させてほしかったというのが正直なところ。普通の会社員で、日常さほど感情を露わにして生きられないから、代償行為として物語を求めている。だからこそ、高2で卒業したはずのアニメを再び観ているのだ。

「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の評価は非常に難しい。感情を揺さぶろうとする技術はあると認めるが、それ以前に劇中への没入感に波があった。

まず、ファーストガンダムをベースに物語が構成されているところ。これがオレにはマイナスに働いた。ある物語をベースに新しい物語を紡いでいくことはよくあるし、理解しているが、原典への敬意があったわけでなく、原典のどこかに普遍性を感じ取ってもう一度別の形で表現したいという欲求があったわけでもなく、ただ準拠していたのはなぜなのだろう。

リュウが死んだタイミングで、同じような立場のビスケットが死んだが、まさに烏合の衆状態であったホワイトベース乗組員が彼の死をきっかけに結束を固めたような効果があったのかなかったのか。おそらく意味が少しずらしてあるのだろうと理解するも、ここで物語への没入が途切れ、素に戻ってしまっている。民間人ばかりでそれぞれ勝手に振る舞い、ブライトの手を焼いていたホワイトベース乗組員が接したリュウの軍人らしい死と、そもそも結束だけが取り柄の鉄華団でのビスケットの死は、似てるようで似ておらず、死ぬ意味があったんだろうかと疑ったまま時間だけが過ぎていった。

本当はあそこで、ビスケットの死に驚き涙しなければいけなかったのだろう。感情移入が途切れなかった人たちは、ちょっと泣ける場面だったはずだ。泣かせる技術は確かにあった。でもそれ以前に、原典の無意味なトレースが気になって醒めてしまう人たちもいた。

脚本の作為性ばかりが目につき、劇中に入りかけたところで引き戻される。

最終話のマクギリスもそうだ。赤いモビルスーツ、マスク、政治的立場と陰謀、復讐、裏切り。幼い許嫁もそう。こんなキャラの作り方ってあるのか? ファーストをなぞってあるが、シャアで描き切れなかった何かをこの作品で表現したいとかの熱意は微塵もなく、ただトレースしてある。

しかも、マクギリスの変装はすぐさま三日月に見破られ、なぜか行動を共にしてきた親友にだけは最後までバレず、「なぜだー」だのとやらせている。ここでもすっかり素に戻っており、食ってたお好み焼きの味を悪くしてくれた。トレースしている意味が、原典をバカにする意味合いがあった方がまだマシだった。

こんなのばかりなのだ。

逆に、オリジナルで展開されている鉄華団の話や、オルガと三日月の関係の部分などは、普通に感情移入しているから面白く感じる。面白いのに、やらずにいいはずのことをやって、視聴者の一部を素に戻している。ガンダムであることが、このガンダムの面白さを削いでいる。

モビルスーツについてもそうで、ガンダムだからモビルスーツ、ガンダムだからガンダムフレームという設定になっているが、原典のベースはロバート・A・ハインラインのSF小説で、宇宙空間で使用する作業用機械のアイデアを巨大ロボットに転用した形だから独特の表現が出来ていたのに、SFっぽさは皆無、ビームなしで巨大ロボットなのに火力はほぼなし。殴り合うだけ。

この表現が新しいと思った人もいるかもしれないが、何も新しくない。というより、最近はこんなのばっかりだ。鉄人28号じゃないか。「ブブキブランキ」だって同じことをやってる。鉄の塊同士がぶつかり合う表現に興味があってこういう設定にしたのなら、もっと金属感を印象付ける演出がなきゃいけなかった。ガンプラ同士が壊し合ってる表現と何一つ変わらない。

もうね、「新世紀エヴァンゲリオン」と同じように「機動戦士ガンダム」も表現としては終わってるんじゃないですかね? 商業的再生産されているのはおそらくもっと前からでしょうが、「Zガンダム」でさえアムロがフェードアウトしたところで観なくなったオレなどは、なんかもう蕁麻疹が出てくるわ。

「鉄血のオルフェンズ」というタイトルで、鉄華団が産業用工作機械でギャラルホルンに対抗して戦うストーリーの方がよほど良かった。ガンダムはいらなかった。リュウが死んでるからビスケットも死ぬという流れではなく、デブのビスケットが熱血バカのオルガや冷酷バカの三日月のために散々知恵を絞って助ける話の方が良かった。

産業用工作機械だからビームがついてなくて、小さくて、でも阿頼耶識システムでやたらとすばしっこくて、ギャラルホルンの巨大ロボット兵器を煙にまく話の方が良かった。宇宙ネズミとバカにされてる孤児の少年たちが、必死に労働しながら報酬を得ている話の方が良かった。

つまり、鉄華団はそれなりに魅力的に描かれていたということだ。ガンダムでなければガンダムと比較されないし、ガンダムのトレースをしなければ作為的な脚本にもなっていなかった。もっと面白くなっていたと確信している。

というのが、オレの本作の評価だ。あまり芳しくはないな。

とにかく、オレはこの作品でガンダムときっぱり縁を切る覚悟が出来たので感謝している。富野作品とは作られている限りまだまだ付き合うつもりだが、もうガンダムの様式に縛られたガンダムもどきにはウンザリだ。






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「ヘヴィーオブジェクト」第24話(最終回) 感想(面白かったわ) [アニメ/特撮]

最終回、すごく面白かった。いや、最初から最後まで面白かったぞ。

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クウェンサーが吹っ飛ばされて心肺停止から蘇生、すぐに動いちゃうのかよとか、そういう細かいことは一切無視して大火力を楽しむんだ。多分、そういう作品なんだ。

秋から2クールもので、期待していなかったせいか1クール目は年末にまとめて観たんだけど、かなり面白かったものだから、2クール目は毎週感想を書いた。切ろうなどとは一度も思わなかったな。

とにかく楽しい。ベイビー・マグナムが楽しい。ズドドドドドドッと連射してドカンドカンと主砲をぶっ放す。時々可愛い女の子や巨乳のお姐さんが画面に映り、クウェンサーたちが軽妙な会話で事態を説明する。

巨大な物体がなんやらよくわからん技術で軽快に動き回り、ひたすら撃ちまくるのだ。つまらないはずがない。

政治状況の説明も時々挟まるが、そのときはご飯タイムなのでパクパクとおかずをつまみ、ズドドドドドドと撃ち始めたら画面に視線を戻すのだ。

女の子も、巨乳から可愛い感じから明らかなロリコンまで各種取り揃えられており、まぁ好きな女の子を愛でればよい。オレは戦場お掃除サービスで登場したどっかの国の守銭奴褐色女が好みだったかな。ケツが強調されていたのが良かった。

2クールで作って人気があったのかなかったのか例によって一切知らないが、オレはかなり好きだ。お姫様の声が可愛いから声優の画像検索をしたものの、名前がありふれてるせいかどの画像が本人なのかわからなかったことくらいかな、悪い出来事は。

それから、このアニメはOPが前半後半ともに良かった。前半のOPはレンタルできなくて(年末にはすでに撤去されていた)仕方がないから楽天レンタルで借りたわ。

んー、このアニメが最終回なのは地味に堪えるな。確実に火力不足に陥る。

また冬アニメが終わったらランクをつけて遊ぶつもりだが、「GATE(ゲート)-自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり-」より火力が上な分だけ面白ったかもしれない。アニメの出来に関してはあちらに分があるが、この一切頭を使わず、だからと言って萌え萌えしくなく、とはいっても女の子は可愛い感じは貴重だったのに。終わってしまって残念だ。

録画したものを残して、もう1周しようかなと思ってる。

スタッフの皆様、ご苦労様でした。



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「ブブキブランキ」第12話(最終回)感想 [アニメ/特撮]

全番組録画の中に最終回が入っていたんで、なんとなく観てみた。

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やっぱり酷かったな。

切った作品なので途中から観てないけど、話は全部分かった。最終回なのに説明ばかりしてたが、切る前に観た説明をまだやっていた。説明は終わっているのに、最終回でまだウダウダやっていた。つまり、説明を中途半端にやってるから何度も何度も同じことを繰り返すことになる。説明シーンなのに、謎に関する部分を知られたくないから途中で話を打ち切るのだ。

そして、設定の説明と謎の説明を延々と繰り返しているだけのアニメになった。

視聴者の興味を謎の部分に収斂させずに、どんどん新しい設定を追加して、またその説明に追われる。それどころか、新設定を活かさないまま放置する。謎の解明が終わったから視聴者に知ってもらおうと、以前やりかけた説明を一から繰り返す。そんな最終回だ。

全12話で世界のどの部分を描写して、何を残すのかなどがまったく整理されていない。アイデアとして挙がっても、捨てた方がいいものも盛り込んで、どうでもいいことに尺を使い、言い訳がましく説明しようとしていた。シリーズ構成が無茶苦茶だ。ありえないほど酷い。

アメリカチームのところで、スタッフがバカなんだと悟って切ったが、最終回を観て、バカどころかイマジネーションもないんだなと呆れた。

こんな酷いアニメなのに、2期をやるらしい。

まさに失笑ものの作品であった。




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「GATE(ゲート)-自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり-」第24話(最終回) 感想と総括 [アニメ/特撮]

滞りなく終わった感じだった。合わせて2シーズン、しっかりと楽しんだよ。

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自衛隊がしっかりと描かれている作品はそんなに多くないので、貴重なアニメになったと思う。

最後は帝都の政治問題になってしまい、大火力で敵を制圧する感じは乏しかったが、事前の情報では日本ホルホルアニメだと思い込んでいたので、意外にしっかりとした作品だったことに驚いた。

アニメ版は規制で抑えた部分も多かったはずだが、それでも充分に面白かった。

3期はない感じのラストだったからあまり期待していないが、あれば観るよ。

スタッフの皆様、ご苦労様でした。



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「ハイキュー!! 2ndシーズン」第25話(最終回) 感想(歴代最高スポーツアニメ) [アニメ/特撮]

最後の最後までカッコ良かったよな。

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3期は2016年秋アニメ。半年後。待ちきれない。

会社の女の子の話だと、原作のストックがあまりないそうなので、半年間で漫画家さんが頑張ればいいんじゃないかな。休まずに描けばそこそこ溜まるでしょ。3期は牛若との対戦がメインでイケるだろうし。白鳥沢学園はほとんど描かれていないから、回想シーンとかが多くなりそうだけど。及川との因縁とか。もしかすると、セッターが弱点なのかも。

2期の最終回は青葉城西戦が終わって、白鳥沢学園高校との一戦を前にミーティングして解散するだけの話だったのに、先週の興奮が残ってるからテンションが高いまま視聴したわ。試合のラストで、及川のコート外からの並行トスを澤村と田中に拾われた後悔とか、速攻を及川に反応されて危うく拾われそうになったこととかも盛り込まれていた。

ワンチで軌道が変わって、反応したのに弾いたんだよな。こういう場面も実際の試合でよく見た光景だ。

学校に戻ってから、みんなが待ってる場面とか懐かしい。自分の記憶と重なるよ。勝って全国出場が決まると壮行会があったり、全国で表彰台までいけば全校生徒の前で改めて紹介されたり。校長室で記念撮影があったり、ちょっとした有名人気分が味わえる。強くなるってこういうことかって実感できるんだよな。

劇中でも描かれていたけど、部活の顧問の先生も、徐々に生徒と一体化してきて、業務を超えてサポートしてくれるようになる。女子マネージャーもそうで、競技経験がない状態でマネージャーになったのに、県大会優勝、全国大会でも勝ち進んでくると、積極的に偵察に行ってれたり。それで、3年生になるころには1年生の競技者にアドバイスできるまでになっていたり。

生徒の努力が、周囲にいる人すべてに向上心を与えて、向上心を共有することが個人と個人の間の小さなわだかまりを溶かしていくこの光景こそ、スポーツの醍醐味だ。小さな衝突も小さな相反も、何もかも向上心が溶かしていくんだよ。汗にまみれた顔を洗ったら、小さなことは忘れてしまうんだ。

それがしっかりと描かれている「ハイキュー!!」は、最高の部活アニメで、歴代最高のスポーツアニメだ。

たった一人の成長物語じゃない魅力がたくさん詰まってるよ。



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「亜人」第11話 感想(CG能力発揮) [アニメ/特撮]

今期も多くのアニメがあり、多くのキャラが生まれたが、最も印象に残ってるキャラは藤沼悟でも雛月加代でも菊比古でも助六でもなく、佐藤だ。

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例のカクカクした動きも慣れたのか改善されたのかわからないまま気にならなくなり、CGならではの映像表現の方に目がいくようになってきた。製薬会社の屋上から撒かれた水が窓を伝うところなど、すごくキレイだった。幾分、人物の動きも滑らかになってきたような気もする。

慣れただけかもしれないが。

今週はテロを目論む佐藤が、いよいよ亜人を使った非人道的人体実験を行っていた製薬会社を襲撃する話だった。

緊張感のある展開ながら、いともあっさり会社内部に潜入して工作活動を行っているからなんだか変だなと思いながら観ていると、亜人及びIBMで襲撃するのではなく、グラント製薬近くのビルを爆破、倒壊させることで、製薬会社本社ビルを押し潰す計画でした。

豪快すぎるだろ、佐藤。

これ、亜人の能力はあまり関係ない。あるとすれば、内臓をいくらでも売れるくらいのもの。亜人の内臓を体内に生体間移植して大丈夫なのかどうか知りませんが。

今回の話を視聴して感じたのは、発展途上のCG能力を、悪いところもあるとわかっていながら、それなりに発揮して、重要なのはテレビシリーズを制作しているというところ。現状を批判するのは簡単でしょうが、CGの進歩は速く、資金を集めて番組を制作し、その過程で設備に投資して、ソフトの開発、もしくは購入も果たせる。

集めた資金で番組を企画し、投資を経て制作を行い、利益を配分し、金が一回りしたときには、投資によって制作能力が向上しており、次の作品に活かせる。作っているからこの循環が生まれるわけで、CGが手描きに比べて不自然だから作らないでいれば、そもそも投資資金が生まれないのだから、技術は停滞したまま。もちろん、投資を行った別の会社の技術向上についていけなくなり、行く行くは市場から姿を消すことになる。

CGの不自然さを理由に作品を批判する危険性は、こんなところにあるわけです。Polygon Pictures の「亜人」という作品は、前作のテレビシリーズ「シドニアの騎士」と比較すると、殺風景な宇宙空間と違い日常が舞台なので、背景が大変です。さらに、実写でビル爆破などのCGを作るノウハウはあっても、いわゆるアニメの絵柄で2DCGのように描き、アニメの絵柄と違和感なく合わせるのも大変かもしれない。

でも、CGで背景制作を行うことで技術向上が果たされれば、いずれは別の会社から背景だけ請け負えるようになるかもしれない。いまでもアニメの背景の一部は海外で描かれており、草薙という在日韓国人が作った会社は、リアル系の背景を武器に、多くの仕事をしている。背景の多くは海外で描かれています。Polygon Pictures はもともと多国籍でチームを組むので、多分制作自体は海外でしょう。

何から何まで全部日本人でやれとは言いませんが、産業として背景を請け負えなくなり、いまのように美術設計をするのは日本人ならいいものの、技術がなくなり、発注しても単価が上がったり請け負ってもらえなくなれば、制作環境は破綻します。例えば中国のアニメ市場が大きくなって、そちらからの発注の方がリターンが大きければ、背景制作会社は中国のアニメを優先し、日本の制作会社からの依頼は断ります。すでに中国制作のアニメの方が数が少ないだけで単価は高いはず。

こういうことがあるので、セルルックCG並びに3DCG作品も、どんどん日本で作っていかなければならないし、新しい会社も出てこなければならない。現在は、経験を積んだ制作進行出身が企画チームだけ作って、あとは全部外から人を集める形態でアニメ会社が作られていますが、そんなの、原作を消費していくばかりで後に何も残らないんじゃないですかね?

そういうこともあって、Polygon Pictures やサンジゲンには期待しております。サンジゲンの「ブブキ・ブランキ」の方は、CG以前の問題だったのですぐさま切りましたが。

作るたびにカクカクしていると言われながら、内容自体は面白い作品を作ってるPolygon Pictures は、サンジゲンより伸びしろがあるのかもしれない。手描きアニメの良い部分も悪い部分(動かさないこと)も含んだサンジゲン作品より、人物の演技は現状でも細かく指示されている。表情も仕草も、かなり動かしている。

アニメ化する原作の選び方も絶妙ですし、どこかで大きく発展しそうな気配がありますね。

回を追うごとに「亜人」も面白くなっているし、「シドニアの騎士」の第2期も内容が気に入らなかっただけで映像は悪くはなかったですし、2か月前納入を遵守するとか、海外配信で利益を得ているとか、劇場版と並行してテレビ放送を利用しているとか、利益に繋がりそうなことをどんどんやってるのも頼もしい。

社長が帰国子女で英語に堪能というだけで、アニメの作り方がこれだけ違う。他の制作会社も、作品ごとに海外担当がいるはずなのに、何か大きな成果があったって話は聞かない。「宇宙パトロールルル子」は直接クランチロールに売るみたいですが。

「大きく考え、ガッポリ儲けろ」というのは、いま話題のトランプ氏の言葉ですが、アニメ業界でそれをやれているのはほとんどないですよね。

情けない話ですな。

オレは大人なので、アニメのそういう部分も眺めて観察させてもらっています。





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「昭和元禄落語心中」第12話 感想(八雲という名の因果) [アニメ/特撮]

有楽亭八雲という名跡は、辛い因果にまみれておりますな。

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七代目有楽亭八雲師匠が亡くなり、心の穴を埋めるべく助六を探す旅に出た菊比古。わずかな手掛かりを宛てにしてようやく地方の温泉街で彼を見つけたものの、生活力のない助六、すっかり落ちぶれており、女房は他に男を作って家に寄り付かないし、散々な有様。

仕方がないので自腹を切って面倒を見ることになった菊比古は、嫌がる助六を叱りつけ、借金を肩代わりした分を全部返せと怠け者の助六を無理矢理働かせていた。すると、地元温泉の主人に落語会を催す機会をいただくことになった。

客は主人が厳選し、むかし芸者の稽古場だった舞台はあつらえてみればなかなかのもの。ところが助六はなかなか乗り気になれない。その尻を叩いて一番太鼓を叩かせると菊比古は舞台へ上がり、一席披露して戻ってきた。

場末の温泉街などにまともな客がいるわけねぇとごねていた助六も、なかなかの客の反応にやっと乗り気になり、菊比古が東京から持参した七代目八雲師匠の羽織を纏うと、意外にも「芝浜」を演じ始めた。客の反応は良く、落語の出来も悪くない。

気をよくした菊比古は、演目が終わって娘の小夏と休んでいた助六に、東京に戻ってくるよう説得する。彼は七代目八雲師匠の実家を受け継いでおり、広い屋敷に独りでは寂しいから、みよ吉も小夏もつれて戻ってこい、みんなで暮らそうと持ちかける。すぐに返事をしなかった助六だったものの、菊比古が心を開いてくれたことを喜び、温泉旅館の主人の好意で泊めてもらうことになって部屋へ引き上げていった。

ところが菊比古には言伝があり、言われた先の部屋へ行ってみると、そこには行方をくらませていたみよ吉の姿があった。みよ吉は疲れ果てており、なぜか菊比古が自分を迎えに来てくれると確信していたと話す。かつて芸の精進のために捨てた女だったものの、それを悔やんでもいた菊比古は、心が動くのを止められなかった。しかし、助六や菊比古より年上で、老いを意識するようになっていた彼女は以前のような強い女ではなくなっていた。彼女は菊比古に心中を持ち掛ける。

そこへ、眠ったはずの助六がやってきた。孤独な彼は、菊比古とみよ吉を同時に失うことは到底受け入れられなかった。みよ吉の決心を知った彼は、落語「芝浜」のように、心を入れ替え、真人間になって働くから自分から大事なものを奪わないでくれとみよ吉に懇願する。

落語を辞めるとまで言う助六に涙するみよ吉だったが、一度決心したものを元に戻すには時間が掛かる。しかし、膝を折って自分と娘の小夏のために泣く助六に心ほだされたそのとき、寄り掛かっていた窓の敷居が折れて、階下へと投げ出されそうになった。

それをしっかりと受け止めたのは助六だった。このとき叫んだみよ吉の本名は、菊比古が知らないもので、結局ふたりはしっかり夫婦の関係を結んでいたのだった。

階下の河原に投げ出されそうになりながら、しっかりと抱き合うふたりを菊比古の手が支えたが、持ちこたえられるはずもなく、また、心の弱ったみよ吉を支えるのは自分しかいないと覚悟を決めた助六は、自分から菊比古の手を放して、下へと落ちていくのだった。


という悲しいお話でした。


菊比古は幼いころに両親と離れ、親戚をたらい回しにされては自分の居場所を作るのに必死になっていた孤独な少年だった。助六は元来身寄りがなく、育ててくれたのは元落語家の先代助六。みよ吉は貧しさから単身満州へと渡り、身体を売って生きてきた女性。この孤独な3人が、八雲という名前に拾われ友となり、八雲という名前によって引き裂かれ、そして残された菊比古が八雲という名前を引き継ぐ。

因果なものですな。めぐりあい・因果。いや、何でもないです。

みよ吉が若干病んでる展開だったんですが、ずっと孤独に生きてきた、自分で強い女性と思っている人間が、老いを感じ、もうこの機会を失ったら後はない、絶対に二度と振り向いてもらえないと思い定めたのは仕方ないと思いましたね。それを見て取った助六が、落語を辞めて真人間になると宣言したものの、八雲師匠の羽織を背負ってやった「芝浜」は呪いが掛かっているかのようにみよ吉を奈落に突き落とす。それについていくのは、八雲の名を継ぐお前さんじゃないんだよとばかりに覚悟を決める助六。泣ける場面だったな。

八雲という名跡が、人を結びつけては引き裂いていくのを観てるのは本当につらかったよ。


ところで、今回のサゲまで入れられた「芝浜」という落語。年末の風物詩というか、落語にさほど縁のないオレでも大晦日に良くやっていたということは知っているくらい有名な作品だ。「忠臣蔵」とか「第九」とか、そんな感じの演目で、「芝浜」というと「暮れも押し迫ってまいりまして」なんて言葉が浮かぶくらいのもの。

最初に聴いたのはおそらく三遊亭圓楽師匠のもので、これは流れるような語り口で筋がよくわかる感じだった記憶がある。観たのは小学生のころ。笑点だったか、他の落語番組だったかは忘れた。

その後何度かいろんな人の噺を聴く機会があり、筋くらいは覚えたころに聴いたのが、立川談志の「芝浜」。これが凄くてね、主人公の呑んだくれがすっかり改心して真人間になるさまがドラマチックに演出されていた。カタルシスがある落語だった。談志ので本当にこの噺が好きになったな。

呑んだくれがどうしようもない奴だったときは笑い転げるんだけど、改心して女房に礼を言うところが近くなると泣く準備に入るってくらい面白い。でも、寄席で聴いたことはないんだよな。落語って地方在住だとなかなか聴く機会がないからね。

年末はいつも忙しくしてるけど、1日くらいね、寄席に出かけて「芝浜」が聴ける余裕が欲しい。

仕事を辞めるときが来たら、せめてそれくらいの蓄えがあればいいんだけど。まぁしかし、江戸っ子は宵越しの金がなくても落語を聴いていたわけだから(ただし「芝浜」は当時の作品ではないらしい)、心の余裕がなくなってるってことなんでしょうね。

情けない話です。

今回も面白かった。来週が最終回かな。

楽しみにしております。




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「僕だけがいない街」第12話(最終回) 感想と総括 [アニメ/特撮]

初回から視聴者をしっかりと感情移入させる作りで、終始安定した面白さだった「僕だけがいない街」が遂に完結。

終わってしまったか・・・。

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小説でも漫画でもアニメでもそうなんだけど、しっかりと物語世界に引き込んでくれる作品が好きだ。日常の雑念から離脱して、思念を開放させて心地よさを得たい。心地よさは、心地よい夢想によってだけ得られるわけではなく、胸糞悪い殺人鬼の物語でも、心地よさは得られる。

最終回は、元の時間軸で連続児童誘拐事件の真犯人であった八代学と藤沼悟が直接対決する話であった。

15年前、小学生だった悟を溺死させるべく計画を実行した八代は、それでも死ななかった悟をかつて飼育していたハムスターのなぞらえて、観察対象としていた。彼はかつての生徒である悟を何度も見舞い、世話をしていた。

彼の興味は、悟が自分の何かを知っているのではないかという興味であった。溺れる直前に言い放った「お前の未来を知っているぞ」という言葉が引っ掛かっていたのだろう。情動不感症の気質があり、禁忌を怖れない彼は、他人の苦しみによって苦を知り、他人の喜びによって喜を知り、他人の生への執着によって生を知る類の人間であったので、植物人間状態でありながら15年間生き続け、成長してきた悟は、彼に生きる意味を与える存在であった。

だが、悟が目覚め、いずれ記憶を取り戻して元の状態になりそうだと知ると、生に執着することへの共感/代償行為が薄れ、またしても実感なき生活に戻ることになる。そこで、彼は再び犯罪を目論むようになる。手術前の白血病の少女に死を与え、その行為から悟の絶望を引き出し、なおかつ彼を生死の淵に追いやって、15年間眠り続けながらも生き続けた人間の落胆と、周囲にいる人間のさまざまな反応を得て、自分が生きている実感を得るためであった。

しかし悟はそのことにも気づいており、八代が仕組んだ死を、自死によって彼の手から奪おうとした。悟の自死を感じた八代は、咄嗟に彼を助けてしまう。そして、悟の口から15年間に渡る生への執着を見続けてきたことが、結局は依存関係になってしまっていることを告げられ、絶望する。

いったんは悟の自死を防いだ八代だったが、病院の屋上から落ちようとする彼の車椅子を食い止めていた手を放し、自らも命を絶とうとする。

ところが、これも悟の計画の一端であり、屋上から落下した彼は仲間たちによって生きており、八代もまた死ぬことが出来なかった。


こんな感じで、事件は一件落着となった。なかなか良い最終回であった。


さて、ここからは全12話の総括になるが、最終回、それなりにまとまっていたものの、物語を収斂させる力は弱かったと思う。

物語は、膨張させたものを収斂させる振幅が大きいほどまとまりがあって面白く感じるものだが、最後に何かに向かってグッと話がまとまっていく感じは乏しかった。箇条書きで抜き出してみるとこうなる。

①リバイバルが悟に起こった原因

そもそもなぜ悟にリバイバルが起こったのか、劇中で彼が描いたとされた「死神」という漫画があったのに、利用されずじまいであった。リバイバルが起きた原因が明らかになっていないから、もやもやしたものが残る。

②時間軸が飛んだまま

リバイバルの原因が不明のまま終わったので、時間軸が縦横に跳んだまま収斂されなかった。最初の時間軸が本来の悟の運命で、そこに何かの原因で問題が発生し、問題解決後に歴史が変わったまま元の時間軸に戻った方が、拡がった物語を収斂させることが出来ただろう。

③八代の性格描写の不徹底

この物語は、被害者のみならず、犯人の八代も結局は一切の事件を起こせず、容疑は殺人未遂で終わったものの、すべての人間が救われている。凶悪犯になるはずだった八代は、大きな事件を起こせずじまいになったわけだが、それが彼の人格形成にどう関わったのか、曖昧なままだった。犯行準備はしたものの、実行に移せず、15年間に渡る動けない悟との交流を通じて一切何の変化もなく、結婚もして性衝動が行動原理に及ぼしてきた悪影響にも変化があったはずなのに、彼は何らかの犯人であり続けた。これは作為による性格描写の不徹底だろう。さらに、全体に八代の感情が表に出すぎている。

④蜘蛛の糸の使い方が違う

劇中、ずっと頭から伸びている糸を蜘蛛の糸としてきたが、ちょっと納得がいかなかった。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」とハッキリと意味合いが違っている。八代は結果として救われているのに、蜘蛛の糸とされるものは切れてしまった。彼は残虐な性質を持ったままかもしれないが、大きな悪事は働かないまま現世で身分を失うという罰を受けている。

⑤メインヒロインが曖昧

メインヒロインは愛梨のはずなのに、そこに辿り着く経過が曖昧。これもリバイバルが起こった原因が不明なままだったために、彼女の存在を活かせずじまいになっている。時間軸が元の世界に収斂されれば、愛梨の存在も活かせた。


などだ。本当はもっとある。

こういうことを書くのは、好きか嫌いかだの、肯定か否定かだのといったことではなく、物語が上手か下手かを問うためにやっている。

物語というのは誰かが誰かに語るものだ。語り手は受け手の批評を受ける。筒井康隆が描いたショートショートに、小説家は文字がなかった原始時代から小説家としての役割が群れの中であったという話があるが、物語を語る人物とそれを聴く人物は原始的なもので、語り手は受け手の反応なしに成り立たない。

どうも最近、社会全体のレベルが落ちてきたのか、何でも好きか嫌いか、気に入ったか気に入らなかったかなどと、感情のみで語るバカが後を絶たないが、「いまの話、面白かった。聴き入った」「いや、あの部分は先がわかってしまった」「最初に出てきた登場人物はどうなったの?」という話をみんなでしてるときに「オレ、あいつのこと嫌い」という意見は意味がなく、そぐわないのだ。

受け手のレベルが高い方が語り手のレベルも上がり、結果として物語のレベルも上がるという関係なので、キーキー喚くだけの猿はマジで黙ってろ。


で、何の話だったかというと、そう、この物語は収斂が弱い。もっと何か1点に向かってすべての人や事態が集まってくると感動は大きくなる。これはほぼ法則みたいなものだ。

例えば、仲間と会うために北海道に行く、愛梨とは別の時間に別の場所で会う、みんなで集まる場面に母親などはいない。1歩踏み出して仲間を得た悟の物語なので現状でも大きな不満はないが、時間も場所も人も事態も全部最後に同じ場所に収斂させる方法はいくらでもあった。

あったんだよ。作者が悪いというより、担当編集者のレベルが低かったね。気づいて指摘すべきだった。この辺、全然踏み込んでいない。


しかし、全12話のアニメで、地味な話をこれだけ盛り上げられたのは、アニメスタッフの有能さによるものだ。シリーズ構成/脚本/演出/絵コンテなどがこなれている。

最初から最後まで、しっかりと物語世界に感情移入させ続けたのは、最近の雑な作品と比較すると本当に良く作り込まれていた。OPアニメの使い方も絶妙だったね。

個人的にはキャラクターデザインも好きだった。とくに雛月加代。漫画版をチラッと見たが、かなり不細工だ。アニメは不細工な感じを残しながらも、可愛い雰囲気を上手く出していた。

総評としては、相当良い部類に入る。

3か月間、すごく楽しませてもらったよ。アニメスタッフには感謝しかない。




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