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「日本のいちばん長い日」(2015年作品)感想 [映画]

原田眞人監督による2015年版の「日本のいちばん長い日」を視聴。主演は役所広司。

岡本喜八監督の1967年版は未視聴なので比較はできない。

物語は小磯國昭内閣の後を継いで鈴木貫太郎(山崎努)が総理大臣になってから終戦の玉音放送が行われるまで。映画は観ていないがあらましは大体わかっているのだが、半藤一利の原作は中学時代に乱読した中にあったはずだ。ただ読んだものが「決定版」なのかどうかは記憶にない。

主役といえるのは陸軍大臣の阿南惟幾(役所広司)だが、物語が陸軍の青年将校たちのポツダム宣言受諾阻止、戒厳令発令を目的としたクーデターを上層部が抑えるという内容であるため、クーデター主導派の畑中健二(松坂桃李)も活躍する。昭和天皇役は本木雅弘が演じている。

2.26、5.15事件以降、陸軍省と海軍省は手が付けられない状態にあり、それは東條英機に政権を任せようが小磯國昭にやらせようがなにひとつ変わらず、勝てない戦争にのめり込み、無尽蔵に戦費だけ要求してバカ面のままふんぞり返っているだけだった。

主戦論を強硬に主張していた東條が、天皇の意思が開戦回避、和平締結にあると知ってその意に沿うよう懸命に頑張ったなどという世迷い事を信じている奴は頭東條君と言われても仕方あるまい。一義的に国家より陸軍省を優先したバカ官僚に過ぎない東條英機を持ち上げすぎなのだ。あいつらにとって国家は陸軍省の権益を守るための方便に過ぎない。

そうしたバカどもがとにかく「決起決起」と騒ぐ中で、鈴木貫太郎は終戦をやり遂げなければならなかった。戦時中に相手のルーズベルトがなくなった際には立派な弔意を示し、敗戦後の日本の国体を守ることに大きく貢献している。国体国体と喚き散らかしていた陸海軍の阿呆どもの方がよほど国体を破壊したのだ。

この映画は、鈴木貫太郎がのらりくらりと陸海軍を抑え込みながら、陛下の意思に従い粛々と敗戦受け入れの準備を進めていく中で、下からの突き上げが異様なほど高まり、それを陸軍大臣の阿南惟幾が緩衝材になって受け止め鈴木貫太郎をサポートする流れになっている。

東條英機も何度か登場するが、東條の役は主戦論者として徹底抗戦を訴えるだけのバカという役どころだ。これには賛否両論あろうが、個人的に戦争を始めながら終わらせるところまで内閣を維持できなかった東條ほどの無能はいないと思っているので、この程度の役で充分と考える。

終戦を扱った映画に「プライド」という作品があるが、あの映画で強調されている東條英機の有能さは、記憶力がいいという単なる官僚としての有能さであって、結果として天皇制を廃止寸前に追い込んだのは紛れもなく東條をはじめとした陸軍の主戦論者たちなのだから、政治家として結果責任を負わねばならない立場の人間が、天皇制廃止に繋がる結果責任があると理解しながら主戦論を曲げなかったのは白痴に等しいバカなのである。あんなものを賛美する連中の気が知れない。

原田眞人の「日本のいちばん長い日」は、東條に容赦なく、また青年将校に感情移入させない名采配で素晴らしい内容になっている。青年将校どもはバカバカしいほどまっすぐで幼稚な人間として描写されており、天皇を中心に懸命の終戦努力を重ねている鈴木内閣のよい引き立て役である。

それに、昨日視聴した「駆け込み女と駆け出し男」もそうだったが、物語の冒頭に説明的な要素を入れずに状況の提示だけ行い、その複雑な状況を整理する過程で次第に登場人物に感情移入させていく手法はとても面白いし、上手い。登場人物の誰かに極端な感情移入を強いる作風ではないので複雑な状況の全体を描写するのに適している。「突入せよ! あさま山荘事件」もそうだった。

原田監督の脚本と演出が一体となった映画の作り方は、どんなものも最後には語り尽くしてしまう安心感がある。また科白の繋げ方、間の取り方、音の使い方も面白い。映像にいつも独特のテンポがある。語り口と映像も一体となっているのだ。

原田眞人監督作品は出来るだけ観ておかねばならない。


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