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「OVERMANキングゲイナー」(2002年作品)第6~17話 視聴 [アニメ/特撮]

第17話の「ウソのない世界」は本当に傑作。いつ観ても大笑いできる。

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当時WOWOWで放送されたので観ていた人は限られるようだが、15年も前の作品とはとても思えないほど出来がいい。

WOWOWなので2002年の作品ながら画面が横長で、デジタル着色ということもあって古びた感じがせず、いま観てもかなり面白い。というより、いまはこういう作品がなくなってしまって悲しいよ。吉田健一氏の絵はどれも好きだが、「OVERMANキングゲイナー」と「ガンダム Gのレコンギスタ」「交響詩篇エウレカセブン」は吉田健一氏の絵がなければ成立していない。

富野由悠季と何度かコンビを組んだので贔屓にしているが、ジブリの同期には「君の名は。」の安藤雅司氏がいる。安藤は神がかり的に上手い。上手いだけでなく持ってる。売れるんだよなぁ。新海誠までヒットさせて、どうなってるんだか。オレが好きなのは「思い出のマーニー」だけどな。

オレが「同年代のアニメーターが」と書くときは、大体このふたりのことが念頭にある。このふたりは化け物だ。上手すぎる。でも、富野と組んだ吉田健一氏の方はそんなに売れていない。「交響詩篇エウレカセブン」はそこそこだったかもしれないが、同期が安藤ではな。比較されると可哀想なくらいだ。

アニメファンがまだ牧歌的だった時代にアニメに憧れ業界に入り、いま第一線で活躍している人間は多い。このふたりと年齢が近い世代がアニメの地位を引き上げてきたが、これがリタイアして、深夜アニメで育った世代に代わってくる頃が最大のピンチになるはず。

P.A.WORKSの堀川憲司社長とかこのふたりとか谷口悟朗とか、1960年代生まれというのは本当に恵まれていて、質の良い読書体験とアニメ体験がバッティングしていないのが特徴。子供のころに良い本をたくさん読めて、良いアニメもたくさん観られた。90年代から00年代はまさに彼らが第一線で活躍していた時期。

そこまでは順調だったのだが、出版社主導で出版の質が大幅に落ち、不況もあって、マーケット至上主義が跋扈するようになってからはもうボロボロ。皆さんご存知の「リビドーを軽く刺激して購買意欲を高める」という方向に進んでしまった。いま世間でアニメファンといえば、80年代生まれのこうした連中のことを指す。だから気味悪がられている。

一般層がアニメをバカにしながらジブリや細田や新海は平気で観るという矛盾は、良い読書をして育った60年代生まれのクリエーターの作品は許容できるが、80年代生まれのクリエーターが作ったものになると虫唾が走るような気持ち悪さを感じてしまって無理ということだ。完全に拒否られているのに、アニメはそこの層ばかりをターゲットにしている。

これはかなりヤバいはず。20代後半から30代前半の、ハルヒだのけいおんだのの世代におんぶにだっこでこれから先、何を作るつもりなのか本当に不思議だ。ああいうのは発展性がないだろ。クリエーターが刺激を受ける作品ではない。出版社がバカに合わせて作ったテンプレの上に、性刺激が乗っかってるだけだ。作る方もこの世代になってくると、そもそもまともにアニメを作れるのかさえ不安になる。

「OVERMANキングゲイナー」は、良い時代に良いアニメーターを使い、富野の爺さんが張り切って作った作品で、とにかく楽しい。

アイデア満載なのだ。




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「ウルトラマンゼロ THE CHRONICLE」第25話・最終回 感想(最後に盛り上がる) [アニメ/特撮]

なんか、激熱展開で終わったわ。

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とりあえず、エフェクトカラーリングはすぐにできる特撮改善って感じで好感が持てた。好き嫌いはあるだろうが、オレは画面全体が光り輝いたり、彩度が高かったり、明暗が強い映像は好きだったな。アーマーをゴテゴテ盛っていく方向性よりは余程いい。

前にウルティメイトフォースゼロで新作をやると勝手に勘違いしていて、全然始まらないからガッカリしていたのだが、ミニコーナーでひっそりとやっていたんだね。知らなかった。今回初めて観た映像だったが、人間を絡ませないヴァージョンは失敗要素が減る感じで手堅い印象を持った。

後は何度か書いたけど、バトルに頼らない脚本かな。

来週は新シリーズの放送直前スペシャル

ベリアルの息子という設定がちゃんと生かされるか見ものだ。





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「神撃のバハムート VIRGIN SOUL」第12話 感想(EDは変わるのかな) [アニメ/特撮]

やっと牢獄島を脱出して、丸いカドみたいなものにみんな取り込まれちゃったよー。わーい。

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なんで脱出に2話も使ってるんですかねぇ。シャリオス17世が牢獄島で極秘の裡に建造していた謎の構造体マルのところに行くなら、先週と今週の話は1話で出来たはず。ダラダラやるものだから、聖女ジャンヌ・ダルクとニーナのどうでもいい会話が増えて、ジャンヌが聖女っぽくなくなってしまっている。

せっかく尺を取ってジャンヌが処女受胎した場面を挿入したのに。落ちぶれてはいても神々しさは失ってほしくなかった。ギャグとシリアスのバランスが悪い。

神族が人間に対して物理攻撃を仕掛けてきたのもなんか違和感。神は人間に罰を与えるものだが、戦争として描かれていたから、不思議な絵面だった。しかも神族側は切り札ムガロを若干騙してやらせているっぽいし、羽がついてピヨピヨな雰囲気と合ってない。

トロッコが爆走するシーンも、USJのアトラクションみたい。

全体に冒険心を刺激しないものだから、1期みたいに前のめりになって観る感じじゃない。映像も音楽も素晴らしいのにね。

2クール目からは盛り返してくれると期待して待つ。





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「信長の忍び~伊勢・金ヶ崎篇~」第38話 感想(こういう前振り好き) [アニメ/特撮]

二条城改築の際の首斬り事件とか秀吉の但馬国攻略、生野銀山接収とか、堺の支配とかはカットされ、ついに第1次信長包囲網の直前となった。

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このあとの信長は四方八方に戦を仕掛け、驚く速さで支配地を拡げていくのだが、その戦費をしっかり手当てした後にやっているという点は重要だ。尾張という何気に裕福な経済圏の支配が信長を支えていたのだが、加えて物流拠点美濃の支配、知多半島の対岸である伊勢の支配で信長は誰も到達できないほどの軍資金を得た。

信長より優れた諸大名もいたかもしれないが、経済力が段違いであって、合戦上手なだけでは信長に対抗できたとは思えない。

さらに生野銀山と堺の支配を成し遂げた信長は、戦費の心配なしに天下統一にのめり込む環境を自ら整えた。これは他の大名にはできなかったことだ。やれたとしたら、尾張の経済力と伊勢との交易の可能性に気づいていたかもしれない今川義元だけだろう。

こうして諸所万端整えたのち、信長は北の越前を目指す。朝倉攻めから有名な金ヶ崎の戦いに至るところだ。戦の口実は、のちに丹羽長秀に仕えることになる武藤友益を成敗するというものだが、真の狙いは朝倉家の滅亡を狙ったものだとされている。信長の経済への関心の高さを考えると佐渡島の金を狙ったと考えたくなるが、佐渡で金山が発見されたのは1601年だ。信長タイムトラベラー説みたいなのは、こういう動きを勘案したもの。

第1次信長包囲網が次の章になるはずだから、本当に面白いのはこれからだ。

忍関連でいうと、金ヶ崎の退き口で秀吉は猿飛仁助という盗賊に襲われている。これを秀吉が説得し、のちに家臣となった。

猿飛佐助のモデルになった人物だ。




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「正解するカド KADO:The Right Answer」第11話 感想(ボロボロっすな) [アニメ/特撮]

全然ダメなんだけど、どこがどうダメなのか自分なりに整理しておきたいタイプのダメさだ。

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まずは、ベーシックなSFの設定とアニメテンプレの相性の悪さが挙げられる。

SFはミステリの派生物で、物語の状況が日常とはかけ離れて特殊であることが特徴だ。ミステリは殺人、強盗など非日常的な事件を舞台に設定するが、特殊な状況のみを舞台として設定するなら、もっといろんなことが出来るだろうと考えられ、SFは生まれた。

人間を特殊な状況に放り込むことで、日常をただ生きているだけの人間の内部に潜む不可思議な欲望や希求を炙り出し、人間性の本質に迫ろうとする。ミステリもSFも、本来はそうしたものだ。物語を構成する様々な要素はあっても、最終的に人間が描かれたかどうかで作品の評価は決まる。

一方でラノベ原作にありがちなアニメというのは、人間性の本質を描くことはあらかたやり尽されたと見做し、いままで蓄積された人間の志向性を分類して、それぞれの方向ごとにキャラクターを割り当て、人物造形する。ラノベにとって人間は総合的で複雑なものではなく、個が持つひとつの方向性に過ぎない。

ラノベのキャラクターは、人間の方向性のひとつであるが、商業的価値観によって人気不人気が決まり、難し気な人間の方向性は忌避され、比較的単純なものだけ残されて、長身=眼鏡=クールのようなキャラクターはどの作品にも登場する。眼鏡のない時代を舞台にしていても眼鏡をしている。あくまで人間の一部を切り取った人物造形なのだ。

「正解するカド KADO:The Right Answer」は、ラノベのそうした特徴は避けて人物造形がなされている。登場人物は、官僚は官僚らしい服装で変な個性はつけられておらず、政治家も同じだ。ところが、その描き方は人間性を探求するわけではなく、ステレオタイプなものにとどまっている。シュミレーション小説のように、国家の在り方や国家運営に携わっている人間を深く取材する過程で見つけた気骨ある人物を作品に登場させるということはなされていない。

ここまでならば、人間を描くことが出来ていない作品として、凡庸との評価にとどまったはずだが、本作は凡庸さをアニメ的テンプレ進行で打破しようと試み、見事に失敗した。

第0話も含めて、視聴者は物足らないながらも特殊な状況に置かれた人間の取る行動を描こうとしているのだと思って観ていたはずなのに、何もかもかなぐり捨ててアニメ的突破を図ったために、視聴者の脳内ではそれまでの理解を再構築する必要に迫られた。様々な指向性を内包する複雑な個としての理解をかなぐり捨てる必要に迫られたとき、真道もヤハクィザシュニナも徭も花森も、どのテンプレに当て嵌まるのだろうと探られるキャラクターに戻ってしまったのだ。

それまで描いてきた個性が消えたわけではないので、引き続き視聴には耐えられるのだが、複雑な個を描こうとしていると思っていたものが、ただのキャラかもしれないとなったときの定まらない気持ちは、作品への一切の感情移入を拒む作用をもたらす。要するにすっごく冷めた状態でアニメを観ることになる。

諸悪の根源は脚本家だとも気づかれているので、野崎まどという人物はとんだ失笑の的になっているはずだ。他人から笑われるためにアニメに参加したわけじゃないだろうに、何をやってるんですかね?

酷いところはまだまだあるのだが、もう取り返しがつかないダメ脚本なので、もういいかな。経済について無知すぎるとか、政治に関してわかっていないとかはもう書いたしね。



せっかくなので良い点を挙げておく。

良い点はCGだ。カドのCGが素晴らしかった。登場人物の科白と口の動きも、「ベルセルク」のように顎をカクカクさせすぎておらず、違和感がない。科白すべてに合わせて顎を動かすと、せわしなくてカクカクが際立つのだが、見ればわかるが科白数より顎の動きはかなり減らしてある。

CGでモブキャラを作ると手間に対して登場回数が合わず赤字になるという問題は、手描きにすることで解決されていた。CGと手描きの差異もかなり少なくて、全然違和感がない。この辺りは東映アニメはいろいろノウハウがあるのだろう。「ベルセルク」もこれくらい出来ればよかったのに。

演出も素晴らしい。掘り下げられた人物造形でもなければ、商業的に許容され望まれているテンプレキャラでもない登場人物を精一杯描いてあると思う。

と、良い点も多々ある。

こうして良い点もあえて挙げてみると、ますます脚本のクソっぷりが際立つというね。

なかなかこんなクソアニメは作れないものだよ。

逆に凄いかもね。





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「ベルセルク 次篇」第24話・最終回 感想(そして原作は休載) [アニメ/特撮]

最終回としては良かったのだが、まとまりは悪かったな。作者は冬まで冬眠するらしいし。本当に冬から描くのか? ほとぼりが冷めるのを待ってるんじゃないのかと。

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「ベルセルク」が完結するのが早いか作者が死ぬのが早いかと話題の作品だけども、オレの方が先に死にそうになっているのだが、どうしてくれるんだ三浦建太郎。休載じゃなくて、ダメならダメってことにして、白泉社で作画チームを組んで続きを描くとかだな。

大体漫画家の負荷が高すぎるのにいまのいままで改善しなかった業界が悪いんだし、もうこのエロゲー親父はダメなんだから、何とかならんのかね。栗本薫みたいにギリギリまで描き続けるならまだしも、描くのか描かないのかわからないんじゃなぁ。マシリトをもってしてもこれとは。

ま、漫画の方はさておくとして、「ベルセルク 次篇」も今回で最終回。んー、一応海まではきたが、最終回なのに、キャスカのために妖精島を目指しているって入れなくて良かったのだろうか? 劇中で目指しているのはパックの故郷だとは何度も出ていたが、やはり基本として最後にもう一度念を押しておくところだったはず。

キャスカのために妖精島を目指し、妖精王に会って狂ってしまった彼女の頭を直して貰いつつ彼女がもう二度と危ない目に遭わないように匿ってもらうのがガッツの願いだと念を押しておくから、キャスカがまともになったときにガッツを裏切る場面が生きるはず。いや、裏切るかどうかは原作でもまだ確定はしていないというか確定する前に休載になったわけで・・・。

でもまぁ大抵はキャスカはいったん裏切ってグリフィスのところに戻る、ところがそれはグリフィスではなくフェムトだと思い知らされ、同時に誰かによって自分が狂っていたときにどれだけガッツが親身になってくれたか知るって流れじゃないのかな。やっぱりキャスカはふたりの間に立つ存在で、どちらかにずっとなびいて離れないってキャラじゃないよな。

今回は最終回だけあってかなり気合を入れた作画だったが、ラストの場面が全部手描きになっていて、最後の最後までCGと手描きは融合しなかった。

GEMBAのCGのところは、モブを新たに作ると金がかかるので、前に登場したキャラを使い回すというのが、やはり弱点だったな。これはどこが作っても同じで、「シドニアの騎士」もモブを使い回すものだからかなり違和感があった。多少いじっても、前に出ていたあのキャラだってすぐにわかっちゃうんだよね。CGでアニメを作る人たちは、このモブ問題は何とかしなきゃいかんだろうね。かなり明確な弱点になってるよな。

軍隊の演習シーンを遠景で描くところなどは、手描きよりコピペできるCGが有利になる。口パクの違和感とかは、CGというより、アニメの動画としてさらにレベルアップしていけばいいことじゃないかな。CGだと喋るときに顎がガクガク動くけども、手描きではかなりの労力になるあの顎のガクガクを簡単にやれるのはCGの利点だろうが、まだやっぱり違和感があって、それをアニメの動画としてどう処理すると観られるように直せるのか、まだわかっていないはず。

東映などはCGで顎が動いてもさほど違和感を感じないのは、アニメの動きとして顎のガクガクの回数を減らしながら、科白との齟齬が生じないように工夫しているんじゃないかなぁ。「ベルセルク」は顔のアップで早口の科白を喋らされ、その科白に合わせて顎は動きっぱなしになるものだから、ガクガクが余計に目立っていた。アップばかりを繋げるのは監督とかコンテマンの仕事だから、悪いのはCG班じゃないけどね。

最後の手描きの部分は、悪くはないけども、あれで全部やる予算はないわけだよね。手描きの悪い部分は予算を喰うということと、アニメーターを確保できないというところか。

CGも手描きも、悪い点ばかりが目立ってしまって、なんだか可哀想。双方に関わった人たちは頑張ったはずなのに。

まぁそんなわけで、今回で分割2クールものとしては終了し、続編があるのかないのかは微妙なところ。漫画が休載ばかりで終わりが見えないわけだから、アニメにする理由がない。アニメ化で原作者が張り切ってどんどん描いてくれたなら良かったが、そうはならなかった。アニメが終わった途端にまた休載。これでは匙を投げられてしまうよな。

最近はこんな漫画家ばっかりだよ。0から1を生み出すのは作家の仕事で、それは尊敬され恩恵も受けるべきだが、1が100になり1000になってきたとき、作者が1000を1002にしかできないのなら、出版社が後を引き受けて1000を2000にしていった方がいいと思う。

松本零士などのがめつい奴らが、とにかく漫画の所有権は全部漫画家のものだって主張してきて、出版社もそれをできるだけ尊重しているが、こうして肝心の漫画家が仕事をしなくなったとき、出版社には何の権利もないのかって話だよな。

「ベルセルク」なんか続編を描く権利を出版社が買い上げて、出版社がアニメ会社のように脚本と作画をコントロールした方がいいけどなぁ。もしくは、そうした漫画の連載請負業務をアニメ会社が新規事業としてやっていくか。そういえば、アニメの美術なんかもそうだけど、漫画の背景も漫画家にアシスタントを雇わせて描かせるより、法人で専門会社を作って請け負った方が効率的じゃないのかね。どうせトレースばかりなんだし。

アニメの3期を作るならやりようはあるけど、やる理由がなくなってしまった。

作者とアニメ監督のどちらもダメじゃ、この体制で3期をやる理由はなくなってしまうよね。

応援していたけど、こりゃダメかな。

「ベルセルク」はもう三浦建太郎の手を離れた方がいいとオレなどは思う。アメコミは昔っからそういうやり方で連載を続けているし、画力は維持どころか書き手が変わるごとにレベルアップしている。ひとりの作者が何から何まで全部やることを望んでいる日本の漫画ファンが、作品の継続力を奪っているんだよね。結果として、コンテンツを使い捨てにしている。

なんで日本人はこう合理性に欠けるのだろうか? 「ドラゴンボール」なども、別に鳥山明が描くことに拘らなければ、ずっとジャンプの看板漫画でやっていけるのに。「鳥山が描くから~」なんてのは老人のたわごとで、子供のころから「ドラゴンボール」を読んで、いつか自分が「ドラゴンボール」の作者になるんだって夢見てる子供の方が絵はレベルアップするんだよ。その子は0から1が生み出せないだけで、1000から1500まではその子が請け負うのかもしれない。

ひとりの漫画家の人生なんか短いのだし、物語の始まりは漫画家のものだとしても、物語の継続は出版社やアニメ制作会社のような法人と、読者のものだと考えますよ。

おかしいですかね?




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Twitterまとめ投稿 2017/06/24 [日記]


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「カブキブ!」第12話 感想(これは良最終回) [アニメ/特撮]

「白波五人男」をちゃんと演じさせて終わった辺りは「昭和元禄落語心中」の脚本みたいでなかなか良かった。

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最後まで視聴できるようにちゃんと作ってあったよね。

歌舞伎を題材にするなら、もっとアートっぽく、作画全振りのアニメも面白いだろうけど、いまの1クール12話をひとつの元請で作る方法だとリスクが大きくて無理。1クールを3つくらいのスタジオが元請して、それぞれが4話の短編を作るみたいな方法じゃないとアートっぽいのは難しい。

これは角川の原作もあるし、初心者に配慮して作られていたから、継続して視聴するには優しかったが、アニメファンが物足らなく感じても不思議ではないかな。面白かったけどね。帰宅部とかなんかよくわからん文系の倶楽部の方が人気は出るかもしれないが、そんな中身スカスカのアニメばっかりじゃあなぁ。将来ニートになるような奴らのことなんか知りたくもないし。

これはこれでいいが、歌舞伎ってアートの題材として考えるととても面白い代物なので、また別の機会にでも取り上げて欲しいかな。歌舞伎を演じるアニメではあったが、映像は歌舞伎っぽくなかったからね。そこはなんか横尾忠則的な冒険があっても良かったかも。知ってるかな、横尾忠則。犬カレーでもいいんだけど。

アート系の作風は最近の子は拒否反応が起こるかもしれないが、本来若者の方がアート系に感応するものだし、アニメはアート作品でもあるわけだから、アート系を毛嫌いするアニメファンなんてものが本来おかしい。感受性が腐ってる若者なんか存在自体邪魔だろ。

「カブキブ!」というアニメは、歌舞伎に感性を刺激されて生まれた作品ではない。ただ題材にしただけだ。作家や漫画家が資料を揃えて、取材して、構成して作ってある。それは悪いことではないが、何一つクリエイトされていないのは残念だなと。OPやEDの映像だけでももっと映像美に溢れて欲しかったかなぁ。

でも、悪くはなかったよ。





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Twitterまとめ投稿 2017/06/23 [日記]


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「サクラクエスト」第12話 感想(日常と非日常) [アニメ/特撮]

さあ、ここから本番だな。

主要登場人物の掘り下げも先週で終わり、今週から本格的に物語が展開されました。

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チュパカブラ王国20周年記念イベントの開催に向けて準備中だった5人のところに、以前世話になったテレビ局の人がやってきた。彼は間野山出身のディレクターを紹介して、間野山のために日々奮闘する5人の女性のドキュメンタリー番組を製作したいと申し出た。

間野山の宣伝になるのならと快く引き受けた5人だったが、取材を進めていくうちに国王の木春由乃の物語が弱いと感じたディレクター。それを告げられて悩む木春由乃。彼女には王国の10万人目の来場者で、そのときの体験が自らの志向に大きな影響を与えていることは多くの人には話していなかった。

イベントの協賛金が思うように集まらず、予算不足に陥ることがわかった木春由乃は、担当ディレクターがブッキングした若手アーティストのライブという追い風も見込んで、商店街と青年会に協力を持ち掛けることにした。

始めは新たな支出に乗り気でなかった町民たちも、木春由乃の説得と、飲食関係者が協力を表明してくれたことで風向きが変わり、運営ボランティアや割引券配布に伴う負担などを引き受けてくれることになった。

イベント当日は、観光協会が主催するクイズ大会と、テレビ局が主催するライブの同時開催となり、すでに先乗りして席を確保する人なども出現し、成功間違いなしと思われた・・・。


という話なのだが、前半11話かけてやっていた個人と地域の関わりにスポットを当てた構成は終わり、町興しの構造的な欠陥である「日常と非日常」に焦点を移していくようだ。

町興しというのは商工会や観光協会がやる場合が多いが、多くの場合はイベント頼みで、非日常的な催しを企画して人を呼び込み、町をアピールしようと目論むのだが、来場者は非日常的なイベントに参加することが目的であり、その地域の日常には関心がないために、果たしてこれが町興しになっているのかどうかは微妙だ。

多くの場合、町の人々とイベント参加者には大きな意識の隔たりがあり、イベント参加中に仲間たちとだべりながら我が物顔で町を闊歩する人々と、いつになく道が混んでイライラする町の居住者との対比はどこの小さな町でも起こっている。

劇中で開催されるような若手アーティストのライブといったイベントの場合、まずは違法駐車問題が起こって地域住民をイライラさせる。小さな町でイベントを開催しても、そもそも駐車場のキャパシティーが不足していたり、土地勘のない参加者はよく分からず適当なところに自動車を停めてしまうのだが、もちろんそんなことは地域住民にとっては迷惑なことでしかない。だが、参加者にしてみれば、町でイベントを開催しているくせに駐車場もロクに確保していないのはどういうわけだという話になって、罵り合うならまだしも、地域住民が黙って我慢し、不満はイベント開催者に向けられる。

次に起こるのがトイレの問題だ。人がいれば当然トイレも必要になるけども、これもこなれた運営者でもない限り数が足らず、イベント参加者はコンビニのトイレ、公園のトイレなどに殺到して、順番待ちになる。終いには民家に押しかけ「トイレを貸してくれませんか」なんて話になる。

前にある町の商工会が企画したゆるキャラのイベントの手伝いをしたときもトイレが不足して、急遽役場と商工会のトイレを開放したのだが、すぐにウンコをぶちまけられて大騒ぎになった。ゆるキャラのイベントは子供の参加者が多いために、トイレが我慢できないのだ。近くにあった喫茶店など、1日中トイレを貸してくれと頼まれ、かといってイベント開催中だからトイレを借りてもゆっくりコーヒーを飲んでいってくれるわけでもなく、不満たらたらだったと聞く。

自分たちの日常生活を忘れるために非日常的なイベントに参加する人たちがいる一方で、イベントを開催している町にも日常生活はある。イベントを開催している町の住民も非日常を求めて他の地域のイベントに参加するわけだから、ときどき人が移動して何かが起こるイベントという町興しは、地域の長期的低落傾向の歯止めに役立つのか立たないのか微妙なところなのだ。

町は日常に合わせて設計され、キャパシティーもそれに合わせて決まってくる。イベントという非日常活動は成功すればするほどそれを大きく上回り、地域住民には迷惑が掛かり、なおかつイベントという一過性のものは何の恩恵ももたらさないのが普通だ。出店を開くことに慣れていればいいが、慣れていない人だと出店費用を回収できずに赤字になるケースもある。

ガールズ&パンツァー」のヒットでアニメによる町興しが話題になったのが数年前だから、このアニメはそのころに企画されたものなのかもしれない。P.A.WORKSは「花咲くいろは」で実在しないアニメの祭りを定着させた前科、もとい実績もある。何もないところに何かが生まれるきっかけとしてアニメが関わったり、元々あった観光地にさらに付加価値が加わるということはあるだろうが、そういった幸運に恵まれない地域の方が多く、観光協会による非日常的イベント開催と、その町の変わらぬ日常とのギャップの問題は根強くあって解決の目処は立っていない。

地域住民の望みは、人が増えて日常が活性化することだ。町に大学が新設される、工場が出来る、新幹線が開通する、原発が出来るといったことが起こると、移り住む人が増え、その町のあらゆるキャパシティーは新しい日常に合わせてレベルアップする。上下水道の整備やネット環境の充実、都市ガスの設置地域拡大、地価の高騰など、一斉に活気づくのだ。町はみるみるうちに変わる。

特に原発は補助金が付くので大変メリットが大きく、住民の過半数は大抵賛成するものだ。町外からやってくる原発反対グループは、町の住民にとっては商工会がイベントで呼び込む参加者と同じで、非日常活動と見做され、邪険に扱われるのがオチだ。そんな連中に関与する地域住民は、村の数少ない若手や建設業者に半殺しにされたりする。

住民が望んでいる地域の活性化と、商工会や観光協会でやれる地域の活性化は、規模の違いだけではなく、本質的に違う。このアニメでいうと、観光協会の門田丑松と間野山商店会の織部千登勢との対立になる。アニメ内であまりよく描かれていない織部千登勢を嫌っている人もいるだろうが、彼女の姿勢が一般的な地域住民の方で、イベント頼みの観光協会の方が地域住民にとっては縁遠かったりする。

という流れになってきたわけで、やっとこのアニメの本質に迫ってきた。これまでの個人と地域の関わりを描いた部分も悪くはなかったが、個人も地域も所詮はアニメの作りものなので、正直言ってあまり書くことはなかったのだ。キャラ設定はしっかりしているし、その描き方も悪くはなかったけども。

さて、どこまで突っ込んで描けるかですな。

補助金目当てで迷惑施設の受け入れを決めようとする政治家が登場してくると、俄然白熱するはず。

なぜなら、アニメの中の登場人物たちの立場が一斉に揺らいでくるからだ。迷惑施設の受け入れは、地域住民に本質的なメリットをもたらす。だが、悪評判も立つ。間野山を愛する気持ちの本質にそれぞれが立ち向かわなければいけない。人の気持ちが二転三転する様子を描けたらかなり面白いアニメになるだろう。

そこまで突っ込んで描けるかどうかは知らないが。





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