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「カイバ」(2008年放送)第1話~2話 感想 [アニメ/特撮]

2008年にWOWOWで放送された湯浅政明監督作品。

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カイバってなんのこっちゃと思ったら、脳の「海馬」のことだった。生と記憶に関する物語。

主人公のワープは胸に穴の開いた記憶を失ってる少年(?)。少年は偶然出会った下層階級社会のリーダー的な少年の手引きで宇宙船ニューロン号に搭乗して旅に出ることになった。ワープは搭乗の際に心と身体を分離されてしまい、身体は手引きした女の元にあり性の道具として使われ、心はカバのような着ぐるみに入れられてしまった(心なのか記憶なのかまだ判然としない)。

ニューロン号には密航者が何人か乗っている。着ぐるみに入ったワープは密航者の女と知り合った。女は過去の記憶を捨てて新しい男との新しい生活を夢見ていた。だが未来を託したはずのバターという男は記憶チップの運び屋をやって金回りこそいいものの多くの女にウソをついている男だった。気が立った少女はヒステリーを起こして警察に見つかって消去されてしまう。

ワープは首からロケットをぶら下げていて、そこには少女の写真が入れられている。しかしワープはその少女のことを覚えていない。ロケットの少女は惑星政府が保管する記憶チップを開放するテロ活動を行っていて、20万人以上の記憶を胡散霧消された容疑者として指名手配されている。

ワープを手引きした女はワープの空っぽの肉体に自分の記憶をコピーして激しい性行為の末に破裂して死んでしまった。肉体に嫌疑が掛かることを怖れたワープの心は警察と悶着を起こしてその場を逃げ出し、脱出ポッドに飛び乗って宇宙空間へと逃げ去っていった。

穴の開いたワープは何者かに身体を狙われている。しかし胸に穴が開いていることがどのように重要なのかはまだ分かっていない。

こんな感じでかなり面白い。考察が捗る系の作品なのだが、あいにくネットフリックスとの契約期間が迫ってる。延長すればいいじゃないかという話だが、いろいろ約束もあるので。

でもこれはかなり面白いよ。



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「エルフィンリート」(2004年放送)第8~14話・最終回 感想 [アニメ/特撮]

上手くまとめてあった。「極黒のブリュンヒルデ」みたいになるのかと思ったのに。

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無茶苦茶な内容なのにちゃんと悲劇になってるところが本当に独特。もう独特としか言いようがない。

キャラクターに様々な個性を付け加えて同居させながらひとつの人格であるかのように作り込める才能は他にいないだろうな。作者がとにかく独特な人で、アニメはその個性をちゃんと引き出していた。

いつでも簡単にサクッと人が死ぬアニメなのに、ひとりひとりに死に方のタイミングが見事で予想の1歩先に死ぬ感じ。こいつこの場面で死ぬなと分かっているのに予想をわずかにずらされるから驚きがある。

萌えとスプラッターが同居する奇妙な作品なのに、ちゃんと悲劇になってるから本当に独特だ。


さて、もうそろそろネットフリックスの契約が切れるのだが、どうしたものか。



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「エルフィンリート」(2004年放送)第2~7話 感想 [アニメ/特撮]

7話までざっくり観たけど、頭おかしなるでホンマ。

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これはまさに異才。異才っているんだよなぁ。誰にも真似られない能力を持ってるのって羨ましいけど単純に羨ましがって終わるような才能じゃないところが怖いわ。オレがこんな能力を与えられていたらとっくに発狂して自殺してるわ。

脳内で一応シュールリアリズムに分類しているけども、この作家のリアリズムとか現実感の表現はなんかおかしくて、海外での評価が高いのはよくわかる。非常に特殊な表現だから。おそらくいくら分析しても同じ表現をすることは誰にもできないんだろうなって。

突然起こるスプラッターな場面など、嫁の話では海外のホラーっぽいらしい。影響を受けてやってるのかどうかは分からないが。

アニメ監督さんもよくこれだけ面白い作品にしたものだよ。

これはかなり面白い。でもこんなのばかり読んでたら頭おかしなるでホンマ。

異才とか天才ってここまでくると畏怖の対象になるよな。




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「七つの大罪 戒めの復活」4話切り [アニメ/特撮]

なんか、伏線っぽいものがあってもすぐに解決するのな。

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アニソンもそれほどでもないし、この辺で視聴打ち切り。

興味が持続しない構成になってるのはアニメだけなのか原作もそうなのかは知らん。



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「ザ・ビートルズの世界革命」視聴 [音楽]

Netflixに置いてあったザ・ビートルズのドキュメンタリーを視聴。

原題を知らないんだけどザ・ビートルズを語るときに使われるのはやはり「革命」という言葉。フィルムの中でも何でも出てくるワードだ。ザ・ビートルズを語る人は誰でもその「革命」「革新」を語りたがる。でも本当はそんなに革命的じゃないという話を書く。

彼らの音楽は素晴らしいしそれを「革命的」と評することに異論はないが、彼らの音楽が「革命的」なる様々な事象を引き起こしたと考えるのは誤りなのだ。ザ・ビートルズはベビーブーマー(日本でいうところの団塊の世代)という世界的に起きたボリュームゾーンに消費財を供給することによって影響力が強くなったに過ぎない。ザ・ビートルズは、ベビーブーマーが巨大なマーケットであることを世界的に気付かせた存在なのだ。

第2次世界大戦が終わり、米ソ冷戦という名の平和が訪れたとき、人々はこぞって子供を作った。戦争が当たり前の時代と同じように子供を作り、一方で戦争で子供を失うことがなくなったことで各国とも人口が爆発的に増えた。

また一方で西側世界は東側世界に対して自由と民主主義を訴える必要があったことから、若者たちの自由という名の奔放を許容する必要があった。社会主義国家が世界革命に備えて若者に軍務を義務付け強い義務意識を持っていることを誇りにしている現状に対抗して、西側の自由主義経済圏は若者に権利意識を与える豊かさがあると誇ったわけだ。60年代初頭まで両陣営の勢力はほぼ拮抗していたが、それを一変させたのが西側世界で起こったベビーブームだった。

戦地から戻ってきた男性が次々に結婚し子供を産んで人口が増えているのはみんな分かっていた。だがその人口の塊が何をもたらすのかは誰も分かっていなかったのだ。ザ・ビートルズという若者相手の音楽を生業とするグループは、ベビーブーマー相手に商売をすれば桁違いの売り上げを達成できることを証明した。利益が拡大すると分かったから、ベビーブーマーが好むものが分析され、それまでの地域的家系的文化の維持は否定され、文化は大衆的なものへと本格的に舵を切った。ここでいう大衆とは世代的な塊のことである。

同時にテレビの普及が始まった。大衆の画一化はさらに強まり、世界規模で進行していった。テレビはどこの国にいても同じ映像を見ることを可能にし、通訳と字幕が言葉の壁を超えさせた。見慣れてしまうことが文化の壁も徐々に下げていった。

こうしてベビーブームを利用した商業主義はすべての分野を革新していったのだ。

ザ・ビートルズが革新的だったから世界に革新が起こったわけではなく、ベビーブームという購買層の拡大と世界的情報共有のスピード化がザ・ビートルズを革新的に世界に広めていったのである。巨大な購買層が自由に消費する経済は自由主義経済において絶対的に有利に働き、均衡経済であった共産主義、社会主義を追い詰めていった。社会主義勢力はそのベビーブーマーの中にシンパを作り拡大していくしか対抗手段がなかった。

ザ・ビートルズが担った西側諸国の優位性である権利意識の拡大は、均衡経済で戦中規模の経済を維持するのがやっとだった東側陣営の首を絞めていった。東側陣営は西側陣営に紛れ込ませた革命要員を使って学生運動などを引き起こすものの、経済規模の大きかったアメリカに倣って高度経済成長していく西側中堅国はあらゆる分野において人材不足だったために当の学生は就職活動を機に革命運動から足を洗ってサラリーマンになっていく。ベビーブーマーが30代になった80年代になると西側と東側の経済規模の格差はどうにもならなくなり、90年代に共産・社会主義陣営は死滅することになった。

一方で、西側諸国においてもザ・ビートルズが担った革新性なる虚像は徐々に壊れていく。東側諸国という敵がいなくなるのと同時に結婚を機に消費主義の主役であったベビーブーマーは親となって主役の座から降りることになる。

主役の座を引き継いだのは、日本でいうところのバブル世代・団塊Jrだった。バブル世代は人口が減少していく時代の最初の世代であるに関わらず上の世代から「ザ・ビートルズの革新性」を常に求められ続けた。高度経済成長が終わり、プラザ合意でそれまでのビジネスモデルが通用しなくなり、さらにハードからソフトへの移行など目も眩むほどやるべきことは山積していた。ところが、バブル世代が必死に新しい時代に必要なものがなんであるか訴え、投資するよう促したのに、団塊の世代は頑として首を縦に振らなかった。

団塊の世代は、親となって自由に金を使えなくなった自分たちが、社会から否定されているような恐怖に怯えていたのだ。巨大な購買層として存在を全肯定されてきた自分たちは常に正しく、自分たちに認められないのは努力と革新性がないからだと信じ込んでいた。彼らは下の世代に「革新」を求めたが、機器を生産することからブログラムを組むという仕事への移行が必要だと理解できなかった。バブル世代は会社の資金を抱え込んだベビーブーマー世代にすべてを一蹴され、上の世代からの否定に次ぐ否定が彼らをノイローゼへと追い込み、ついに「自分探し」なるブームを起こしてしまう。

バブル世代があのとき「自分探し」で何を探していたのかというと、「上の世代から求められている自分」とは何かだったのだ。だがそこに、ザ・ビートルズの時代にあった人口増も円安も公共財の不足も何も残ってはいなかった。ザ・ビートルズ世代の成功体験は全く通用しない時代になっていたのだ。

そして革新性の際たるものであったITは、団塊世代が理解できないという理由で巨額投資も出来なければ、団塊の世代が不利になるという理由で会社の統廃合も出来ないうちに、自国の衰退の原因を日本という敗戦国に押し付けたアメリカにすべての分野において負けることになった。団塊の世代が70年代の自主防衛に舵を切っていれば、プラザ合意の時点で日本はアメリカ依存から脱却していただろう。

そして最後は団塊世代の「ザ・ビートルズ的な革新性」を盲目的に礼賛する姿勢は、小沢一郎の政治改革ごっこの支持という形で日本の政治を闇の中に突き落としてしまった。政治の機能不全は経済を確実に悪化させ、アメリカ経済が立ち直るまでの一時的処置だったはずの円高が定着し、国内産業は空洞化していった。バブル・団塊Jr世代はリストラの嵐に飲み込まれ、その下は就職すら困難な氷河期世代になってしまった。

さらに言えば、彼らザ・ビートルズ世代の安直なリベラル志向はバブル世代が望んだIT投資には向かず環境投資に振り分けられていった。しかし環境投資で成功したのはプリウスをヒットさせたトヨタくらいなもので、あとは大した雇用も生み出さず金をどぶに捨てただけだった。環境投資が成功していたら氷河期世代は生まれなかっただろうが、政治の不安定による円高是認は投資成果もすべて海外工場へと吸収されただろうから、結果は同じだったかもしれない。

こうして時代を経てみてわかるのは、「ザ・ビートルズ的な革新性」が表す多くの事柄は、大戦後の人口増加によって引き起こされたことであったということだ。ザ・ビートルズが音楽において成したことは、チャック・ベリーのロックン・ロールにイギリス的なフォークソングを組み合わせただけといっていい。むしろ洋楽の成果をほぼ丸ごと日本語にローカライズした90年代以降の邦楽の方がやったことは難しかったと思っている。日本においても、70年代のフォークブームがロックの日本語化に大きな影響を与えているので、これに関しては団塊の世代とバブル・団塊Jr世代の共闘だったと言っていいかもしれない。

ザ・ビートルズを語るとき、多くの場合はザ・ビートルズ世代へのリスペクトによってなされる。

しかし、それとはまったく違う方向性でザ・ビートルズを語れない不自由が、閉塞感の原因になっていると気づきべきだ。

ザ・ビートルズを逆張りで否定するのではなく、ザ・ビートルズになることを押し付けられた世代や、ザ・ビートルズを知らない世代が文化論ではなく文明論としてザ・ビートルズを語らなければ、彼らの本当の歴史的位置づけは見えてこないのである。



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Twitterまとめ投稿 2018/02/03 [日記]


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