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元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(78) [老害事故案件]

警視庁によりますと、18日午前7時半ごろ、港区白金の2階建ての店舗を兼ねた住宅の男性から「家に車(新型レクサスLS500h)が突っ込んだ」と110番通報があったということです。

この事故で、歩道にいた30代の男性が車と建物の間に挟まれ、病院に搬送されましたが死亡が確認されました

車を運転していた70代の男性もけがをしました。目撃者によりますと、車は反対車線で急発進して建物に突っ込んだということです。警視庁は70代の男性から話を聞くなど事故の原因を調べる方針です。

名前が出ていなかったのは、元東京地検特捜だかららしい。下は同じ事件で名前が出ているもの。


18日午前7時20分ごろ、東京都港区白金6丁目の都道で、元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(78)=神奈川県鎌倉市=が運転する乗用車が、ガードパイプをなぎ倒して歩道にいた男性(37)をはね、道路脇の店に突っ込んだ。男性は搬送先の病院で死亡が確認された。石川弁護士も右足を骨折し病院に運ばれた。

元東京地検特捜部長が死亡事故 歩道の男性はねる、東京:どうしん電子版(北海道新聞)


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「ダーククリスタル」(1982年作品)感想 [映画]

ジム・ヘンソン、フランク・オズ共同監督によるマペット映画の大作「ダーククリスタル」がアマゾンプライムに置いてあったので視聴。3月18日に閲覧期間が終了するので観たい人はお早めに。

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オレはBDを持っているのだが、嫁の希望もあって何故かアマゾンで視聴した。

「ダーククリスタル」が公開されたのはオレが中学生のときなのだが、受験勉強もあって存在自体を知らなかった。この作品がいろいろと思い出深い作品になったのは高校での出来事があったからだ。

高校に合格し通い始めた4月末ごろ、オレは別のクラスの知らない奴から美術室へ呼び出された。また変な場所で喧嘩をするものだと行ってみるとそこに中学時代の仲間ひとりと顔も見たことのない奴らが椅子に陣取って待っていた。

「こいつこいつ」と笑いながら手招きされたので促されるまま椅子に座ってみると、机の上に洋書の美術集が置いてある。「エイリアン」のクリーチャーデザインでお馴染みのH・R・ギーガーの画集だった。

1979年に公開され、「スター・ウォーズ」並みに話題になっていた映画「エイリアン」のデザイナーの画集など、日本ではまだ買えない代物だった(1986年に日本語版『ネクロノミコン』が出版)。訊くとアメリカで買ってきたものだという。衝撃的だった。高校生でそんな奴が世の中にいるとは思いもしなかった。

彼らはオレがアニメの美術に詳しく(本当はそれほどでもない)、また「グイン・サーガ」のイラストを担当していた加藤直之のファンであるとか生頼範義を知っているとか断片的な情報を頼りに接触してきたのだった。

なにせ美術部の連中でいろいろ詳しく話についていくのがやっとだったのだが、アニメのことはさほどでもなかったようで、オレの方は宮崎駿の情報を提供した。70年代後半から80年代初めにはサブカルチャーの分野でエポックメイキングな出来事が多く起きており、我々の話は尽きなかった。その中で話に出たのがブライアン・フラウドの美術による「ダーククリスタル」だった。

この映画は動作を記憶させた機械に人形のような演技をさせるアニマトロニクスという技術で撮影されていて、セットと美術と人形の合成で成り立っている。おそらく一見すると人形劇の滑らかな感じに見えるかもしれない。嫁も初見のときは着ぐるみだと勘違いしていた。

我々が話題にしたのは特に美術に関してで、当時は西洋のファンタジーは日本ではあまり馴染みがなかったことから、入門編として格好の題材であった。ブライアン・フラウドの描くトロールやゴブリンや妖精たちは正統派のファンタジーだった。いまでは日本語版の美術集も出版され、アマゾンで買えるのだから良い時代だ。しかし当時の日本の高校生でブライアン・フラウドのことを熱く語っていた人間がどれほどいただろうか。持つべきものは金持ちの友人である。

高校合格のお祝いに家族からアメリカ旅行をプレゼントされ、単独でホテルを借りて街を歩き回りギーガーの美術集を買ってくるというちょっとキザな高校1年生は、夏の終わりには再び渡米し、「ダーククリスタル」のビデオテープを手に入れてきた。このときついでに買ってきたというThe Smithsのシングルレコードとともに、この映画は絶大なインパクトを仲間内に与えたのだった。たしか「ダーククリスタル」を特集した美術系の雑誌もついでに買ってきていたはずだ。いまだに信じられん。どこかの工務店の社長の息子であった。

それまで椋尾篁や小林七郎などアニメの美術のことしか知らなかったオレは彼らとの交流によって大きく眼を開かされることになった。

古い作品ではあるが、CG全盛の現代にも通用する不思議な魅力に溢れた映画で、平成の次の時代に映像で飯を食っていきたいと願っている若者にはぜひ押さえておいてもらいたい作品だ。

CG全盛だからといってCGばかりに傾注していると、視野狭窄に陥って新しいイメージを持てなくなってしまう。映像も文学も、教養として古典を学んでいただきたい。古い作品には頭の中でイメージを補正しないと観られない作品が多い。視聴者に押し付けている脳内補正の手順を新しい手法で無用にしたなら、それが新技術になる。映像史に名前が残るぞ。頑張れ若者よ。

この映画は子供向けファンタジー映画なので、英語がとても簡単。高校時代はこの映画のセリフと「不思議の国のアリス」を丸暗記するのが流行ったものだ。




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Twitterまとめ投稿 2018/02/20 [日記]


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「機甲界ガリアン」(1984年作品)第21話~25話・最終回 感想 [アニメ/特撮]

打ち切りエンドなので消化不良は仕方がないが、短い尺で上手くまとめてあった。

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ジョルディが王に就く身分でありながら「母さん母さん」で1歩間違えば惑星アースト住民を絶滅させていたかもしれない展開は、おそらくいまでは通用しないであろう。全体的に昭和の子供番組だから許されたものの昨今の深夜アニメでは通用しない部分がいくつもあった。

第21話~25話が急遽作られたラストシーンなのだろう。かなり無理やりな展開で、惑星アーストの土人たちを文明が支配する、まるで活力がない星へ連れていくところは力技だった。

だが物語に破綻があるわけでなし、これはなかなか素晴らしい作品ではないだろうか。4クールあったならそれなりに名作になったはずだ。

監督の高橋良輔氏は、演出家ではあるが物語作家の要素が強く、「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」ともに演出の妙で魅せたわけではなくしっかりとしたストーリーで魅せた作品だった。「機甲界ガリアン」も例外ではなく、人の語り方にしろ歴史の捉え方にしろ、重厚感がある。いわば運命論の中の人間を描いていると言えよう。

なかなか楽しかった。

「蒼き流星SPTレイズナー」もかなり期待できるな。アマゾンに置いてあるので近いうちに視聴を始めたい。



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「機甲界ガリアン」(1984年作品)第16話~20話 感想 [アニメ/特撮]

高度文明を築き上げたランプレート星人の生まれ故郷が惑星アーストだった。

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惑星アーストの地下に埋められた戦争兵器の数々は、彼らが黒歴史として地中深くに埋葬したおぞましき野蛮な文明の遺産という設定だ。完全に「∀ガンダム」だな。のちの「∀ガンダム」のアイデアは1984年からサンライズの中にあったということだ。でもまさかドル箱の宇宙世紀を埋めてしまうとは思わなかっただろうが。

前回の感想で書いたが、シリーズ構成がどことなくガンダムに似ているという所感は、16話以降を見て益々そうだと感じた。アムロ失踪に合わせたジョルディ出奔、ランバ・ラル大尉とグフ登場に合わせたジルムセン・ランベルのザウエル登場。ズゴック登場付近に合わせて唐突に挟まる水中戦と水陸両用ロボット兵器の登場。シリーズ構成の中で似た感じのロボットが出てきて、タカラがバンダイ=ガンダムの成功に臍を噛んでいたのがよくわかる。

「機甲界ガリアン」がどこの段階で打ち切りが決まり4クールを2クールに短縮されたのかはわからないが、第20話で皇帝マーダルが再び宇宙へ旅立つために宇宙船を覚醒させる場面があるから、構想では25話くらいまでの間にクレセント銀河を追放されたマーダルが惑星ランプレートに戻り、高度文明連合を大混乱に陥れ、とは言っても戦うことを忘れた高度文明連合はただ手をこまねいているだけで何もせず、惑星アーストから何らかの形で追いかけてきたジョルディ王子=ガリアンたちが戦うところまでやるつもりだったんじゃないかな。

このアニメのスポンサーはタカラで、タカラがスポンサーから引いたからアニメが打ち切りになったのだが、ああそういえばタカラのプラモってあったなぁなんて思い出す。「太陽の牙ダグラム」や「装甲騎兵ボトムズ」で何が不満だったのか、「機甲界ガリアン」では徹底してガンダムのラインナップをなぞろうと必死のご様子が窺える。

ダグラム&ボトムズは比較的売れていたと思うし、ダグボト大好きなオレは売り上げに貢献しまくっているのだが、たしかにガンダムに比べれば見劣りはしていた。ダグボトは本格的に兵器として描写してあって、アニメのスーパーロボットと現実兵器の間で上手くバランスを取っていたガンダムとはちょっと違うし、ガンダムみたいにポンポン新型モビルスーツが出てくる展開ではない。ボトムズは特にそうだ。しかも主人公が何の愛着もなく乗り捨てるしな。

しかし、では「戦闘メカ ザブングル」や「聖戦士ダンバイン」と比べてどうだったかというと、プラモデルの存在感は圧倒的にダグボトの方が上だったろ? ダンバインなんかちゃちいプラモで、ダグラムと比べればウンコみたいな出来だったぞ。価格も全然違っていたはず。

でも・・・、そうか、ダンバインに勝ってもしょうがないんだよな。ガンダムというコンテンツが欲しかったんだ、タカラは。だから、「太陽の牙ダグラム」や「装甲騎兵ボトムズ」の監督を起用しながらもできる限りガンダムの成功を真似て上手くやろうとしたもののしくじったのだ。

タカラはバンダイが羨ましかったのだろうが、バンダイって「宇宙戦艦ヤマト」のプラモデルをヒットさせたときも、再放送のスポンサーになって新商品の宣伝を打ちまくってなかったか? オレは「機動戦士ガンダム」は本放送で観ていたが、プラモデルの宣伝なんかやってなかった。クローバーの超合金のCMしか見た覚えがない。プラモデルのCM流れたのは再放送からだったはずだ。

意外と考えたことがなかったけども、もしかして当時のバンダイは安い再放送でしかCMを打てなかったのかもしれないね。「宇宙戦艦ヤマト」も「機動戦士ガンダム」も、本放送が終わってから商品展開するって他にないもんな。狙っていやっていたのか? それともヤマトが成功体験になっていて勝算があったとか。

しかもガンダム以降はただのおもちゃメーカーを脱し、コンテンツビジネスを展開していまや「仮面ライダー」も「ウルトラマン」もバンダイだもんな。

経営者の能力差が如実に出たってことなんだろうな。

「機甲界ガリアン」は前2作ほど高橋良輔の好きにはやらせてもらっていない。ガンダム並みに売れてもらいたいとの思惑が強い。

そして、のちにガンダムで富野がやらされた物語の要素がたくさんある。これはサンライズがやり残したことなのだろう。

皇帝マーダルがやろうとしていることは、Gレコでクンパ大佐が志向した方向性と一緒だった。富野はクンパ大佐をさほどしっかりは描いていなかったから、停滞を暴力で覚醒させるというのはあまり好きなアイデアではなかったのだろう。




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Twitterまとめ投稿 2018/02/19 [日記]


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「機甲界ガリアン」(1984年作品)第11話~15話 感想 [アニメ/特撮]

マーダル軍の攻撃によって危機に陥る白い谷。

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マーダル兵は一騎打ちを装って奇襲を仕掛けるなど手段を択ばない戦い方を見せる。だがガリアンの奮闘とドン・スラーゼンらかつてのボーダー王臣下たちが続々と駆け付けてきて白い谷はマーダル軍を何とか退けることに成功した。

白い谷がマーダル軍を撃退したとの報は瞬く間に惑星アースト中に知れ渡り、各地の村から続々とボーダー王嫡子ジョルディ王子の元へ人が参集してきた。

ところが白い谷を起点として反撃に出ようという矢先、ジョルディは鉄の城に囚われているという母のことを聞き及び、どうしても助けたいと独断で白い谷を飛び出してしまった。

鉄の城で対峙したマーダルは、自分と王子とどちらに天が味方するか確かめるようなそぶりを見せた。

こんな感じの展開。

マーダルは予想していた宇宙猿人ゴリ的な科学者ではなく、武力でクレセント銀河諸星を搔き乱していた悪人だった。それがいったんは敗北してイラスタント太陽系第5惑星アーストに不時着し、現地の土人勢力を一掃してその地下に眠る古代文明の遺産を頼りに再びクレセント銀河諸星に戦いを挑もうという。

クレセント銀河もかつては戦いに明け暮れる時代が長く続いていたものの、文明が進歩して戦いが終結し、平和になっていた。その平和がやがて腐敗を生み、マーダルのような人物を生み出すことになったようだ。世界観は「∀ガンダム」とか「ガンダム Gのレコンギスタ」とかそんな感じだ。あの作品群から富野臭さを抜いたような、もっと政治色をしっかりと確立させたような話になっていた。

15話まで観てきて、シリーズ構成が「機動戦士ガンダム」に近いと分かった。おそらくはガンダム的なヒット欲しさにガンダムから構成要素を抜き出して繋げたのだろう。ガリアンの進歩のさせ方とか、ジョルディのわがままとか、やってることが似ている。

ガンダムは別にシリーズ構成が評価されて売れたわけではなく、それらの評価は後付けに過ぎないのだが、1984年にはまだそこらへんが分析されていなかったのだと思う。高橋良輔にガンダムは作れない。彼が作れるのは「太陽の牙ダグラム」であり「装甲騎兵ボトムズ」だ。どちらも素晴らしい作品であり、富野に劣っているところはまったくない。

おもちゃを売りたくてしょうがなかったんだろうなと。どんなに良い作品を作ってもおもちゃの売り上げでしか評価されないのってつらい。そもそも売り方が悪いんじゃないのってところは誰も言わないしね。ガンダムは再放送に合わせてプラモデルのCMを打ちまくって認知度を上げただろうに。タカラはそれをやったのかね?

戦争時の負の遺産を平和からくる怠惰を打破するために発掘して征服を企むマーダルと、彼の野望を阻止する役割を持つはずの高度文明連合評議会の腐敗、本当は進歩の過程で触れてはいけないはずの高度文明と強制的に接触させられた太陽系第5惑星アーストの原住民。これらが織りなすドラマはなかなか見応えがあって面白い。

ただ、高橋良輔にガンダム展開を押し付けても仕方がないよな。ジョルディが母を求めて白い谷を脱出する展開は一切不要だった。白い谷に集結してくるボーダー王臣下らの描写に尺を当てるべきだった。高橋良輔ならきっと面白く描いたと思うがなぁ。

バンダイみたいに半ば投資のように作品に関わるならともかく、視聴率やプラモデルの売り上げでしか作品を評価しないメーカーは育つ前に捨ててるだけだ。

スポンサーのタカラはバカだが、作品は非常に素晴らしい。




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「白蛇伝」(1958年作品)感想 [アニメ/特撮]

日本初のカラー長編アニメ。また東映がアニメ制作体制を整えた企画でもある。

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原作は中国の民間説話として有名なもの。京劇などでもおなじみの題材を児童向けに脚色してある。

「白蛇伝」の最も大きな功績は、現在に至る東映動画の基礎を作り上げたところだ。東映という大きな映画会社が自前でアニメーション制作部を持ったことで、多くの人材がアニメーションを志して入社した。その中の大塚康生や宮崎駿らがのちに独立してテレビアニメーションの世界に入ったことが大きな転機となって日本のテレビアニメは「鉄腕アトム」時代の紙芝居からまともなアニメへと発展していった。「鉄腕アトム」の第1期のアニメを作ったのはアニメの専門家というわけではなかった。

アニメ映画は戦前から作られていたし制作会社もあったのだが、あくまで教育の題材として収益を度外視した作品ばかりだった。それで興行を打って利益を上げようというものではなかった。そもそもアニメで利益を上げているのはディズニーだけだった時代だ。

そんなものに大きな投資をして、将来に渡って利益を稼ごうと目算する人物が会社のトップにいたからこそ、こんにちの日本アニメがある。「白蛇伝」が作られなかったならば、東映動画はなく、大塚康生も宮崎駿もなかった。もし彼らがいなかったらアニメは手塚のアトムの流れだけになっており、本物のアニメーターは育っていなかった可能性が高い。

やはり何でも作ってみる、投資してやってみることが重要で、投資するから食い扶持というのは発生するものなのだ。会社の社長がやるべきことは、20年後の新しい収益の柱のために投資をすることだ。その投資が成功すれば立派な社長、失敗すればダメな社長と呼ばれる。失敗を怖れて投資を抑制し、株主に配当を配って名社長を気取っているのはバカばかりである。

現代の日本で食い扶持になるものが減っているのは、90年代から10年代までの20年間に、団塊の世代がリストラばかりやって碌な投資を行ってこなかったからだ。あのビートルズ世代の偽善者たちがやったのは環境投資だけだった。どこの会社も横並びで環境改善のために投資をし、人材を確保し、製品を作っていった。

それでわずかばかりの二酸化炭素でも減らせたのかという話だ。何の意味があったのだと。そして二酸化炭素排出を減らして次の世代の食い扶持が確保できたのかと。団塊に個性ある経営をやった人物はいない。それこそ在日の社長くらいだろう。日本人はみんな横並びで偽善的投資で金をドブに捨てただけだった。

あいつらは何の意味もないことに投資をして金をドブに捨てた。環境投資以外の金は内部留保で積み上げたものの投資しないからすぐに会社の収益は悪化し、収益が悪化したことを理由に人員削減をするから人材が外国に流出して海外企業が力をつけてさらに収益を圧迫していく。リストラする。この繰り返しに陥ったのだ。

10年後20年後に何を作って食っていくのか考え投資するのが社長の仕事であって、任期中に何事も起こさないのが社長の仕事ではない。団塊世代が社会の中心にいた20年間に会社は将来に向けた投資を怠り、政治家は政治改革ごっこという名のサボタージュにいそしんでいたのだから日本が没落するのは分かり切っていた。もし身近に「改革」という言葉が好きなバカがいたなら、責任をもって撲殺していただきたいものだ。その人物は日本に仇を成すバカである。

「白蛇伝」は香港との会社との協業に成功し、オファーを受けたことから始まった。そこで「東映にアニメ事業部を作ろう」と決断したことが、現在の日本に世界一のアニメ産業をもたらしたのだ。実際、アニメで収益を上げられているのはディズニーがいたアメリカと日本だけだ。

ディズニーは、彼そのものが投資家で、ディズニーはディズニー自身に投資して、さらに自分自身に投資を募って資金を集めて会社を大きくした。それに対して日本のアニメの生みの親は手塚治虫とずっと言われてきたがそれはまったくのウソである。団塊世代のウソのひとつなのだ。

手塚治虫も含めた未来のアニメ産業に投資したのは、東映の社長だった大川博である。手塚は身銭を切ってアニメを作ったが、投資と呼べるほどのものではない。あくまでポケットマネーに収まる範囲での投資で、そのあとは自転車操業だった。

大川博という東映の名物社長が、自らの責任で多額の投資を行い、産業基盤としてのアニメを生み出すきっかけになった日本初のカラー長編アニメ、それが「白蛇伝」だ。




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「魔法使いの嫁」第19話 感想(感受性が強い) [アニメ/特撮]

捕らえられてオークションにかけられたドラゴンの心象をチセの涙で描いた場面は良かった。

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感受性の強さは激しいリアクションで描くけども、チセは泣き叫ぶってタイプじゃないからなー。いてもたってもいられずに席を立ち、ドラゴンの気持ちを察して泣いてくれないと。ああいうところがちゃんとキャラに合っていて好きだわ。

カルタフィルスが絡むと胸糞展開になるのは仕方がないが、人間も大概ろくでもないよな。

チセすら売買するんだから、ドラゴンが出れば買うよな。



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「ダーリン・イン・ザ・フランキス」第6話 感想(序盤の山場) [アニメ/特撮]

ゼロツーとヒロのことや、第13都市部隊のメンバーのことや関係性、フランクスのことなどの説明があらかた終わった。

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あとは世界観の謎に徐々に迫っていく感じかな。設定は変わっているけど展開は王道。盛り上げる演出も良かった。

ヒロが特殊検体でゼロツーとパートナーになれる素質があってストレリチアに搭乗可能であることがどれだけ珍しいことなのかとか、あるいはその重要性など欲しい情報はほとんど出てこなくて少し不満。物語を読み解いていきたいのに常に情報不足だから流し見するだけになってる。

なんか惜しい。

コクピットの性的表現も、なんか青春ものみたいになって薄まっちゃった。構成要素をぶち込みすぎて描写が追い付いていないのかも。



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