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「侍ジャイアンツ」第8話 視聴 [アニメ/特撮]

1軍合流はまだだった。勘違いしていたな。

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2軍選手全員を敵に回した紅白戦を何とか切り抜けた番場蛮の次なる試合は、金田正一が監督に就任したばかりのロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)2軍との紅白戦だった。

川上監督直々にこの試合の先発を任された番場蛮だったが、巨人の腹を食い破るという宣言が巨人ファンの怒りを買い、集団暴行を受けてしまう。この喧嘩は八幡太郎平が助けに入ったことで切り抜けたものの、ファンと2軍選手を敵に回した彼は、陰謀によって登板前日に大量の飲酒をさせられてしまう(番場蛮はこのときまだ17歳)。さらに2日酔いで挑んだ試合の前には選手らによって大量のコーヒーを摂取させられ、蛮は腹を下してしまった。

ところがこれらによって余計な力が抜けた彼は、巧みなコントロールでロッテを7回まで0封してしまう。身体が本調子になってきた8回からはいつものノーコンが現れてピンチを招くが、自らのファインプレーでピンチを凌いだ。

どうしても蛮を勝利投手にしたくない巨人の2軍の選手たちは、まったく打とうともせずにアウトの山を築いていく、そこで、次の回に打席が回ってきた蛮は、誰も打たないなら自分で打ってやるとばかりに予告ホームランを宣言した。


というお話。

ロッテオリオンズという球団名を久しぶりに聞いた。オレが最初に野球場で見たプロの試合は、中日ドラゴンズ対ロッテオリオンズのオープン戦だった。確か半田球場だったな。臨時の売店が設けられて、ジュースとかコーヒー牛乳とかを売っていて、トイレに出てきた高木守道にサインを貰った。

金田が監督に就任した1年目ってことは、劇中は1973年の春だ。翌1974年には中日に負けて巨人はV10を逃してしまう。1974年に日本シリーズで中日と対戦したのはロッテで、日本一になったのもロッテだった。

第7話の感想でも書いたが、1974年の巨人V逸は、激しい犯人探しとそれまでの巨人の歴史を全否定する流れを生んだ。紳士であったからいけない、野性味のある選手がいなかったからいけない、送りバントばかりの退屈な試合をしたからいけないと、とにかく何もかもを否定されたものだった。

実際はそれまで9年連続で優勝しているのだから、全体方針が間違っているはずがないのだが、勝って当たり前のものが負けると、勝ち馬に乗って巨人ファンを名乗っていた奴らは手の平を返す。その代表がそれまでさんざん巨人に飯を食わせてもらっていた新聞記者だったのだ。

バッシングに次ぐバッシングで巨人は以降ボロボロになっていく。

一方で人気を博したのは、とにかく明るい金田監督だった。金田監督は持ち前の愛嬌と豪快な野球で川上巨人否定派の受け皿となって、金田監督時代のロッテは信じられないほどのにわかファンを獲得していった。ロッテの試合に殺到し、そこに川上巨人にないものがあると確信していた連中は、実は巨人V逸から巻き起こったアンチ巨人の風潮に乗っただけのバカどもだった。

いつの時代もそうだが、簡単にマスコミに洗脳されるバカというのは必ずいるのだ。1974年当時、洗脳装置の主役は新聞であった。新聞や週刊誌が「なぜ巨人は負けたのか」を特集し、それを読んで何かを理解したつもりになって、巨人は紳士野球だから駄目だ、金田ロッテは侍的な野球だから強い、実際に巨人に勝ってリーグ優勝した中日を寄せ付けずに日本一になった。これからは野武士野球の時代だ。そう刷り込まれて、9年連続優勝という偉業を成し遂げた川上哲治監督は、たった1度のV逸で存在を全否定されてしまう。

そうした時代背景にこの物語は創作され、野武士のような破天荒なふるまいをする番場蛮は、V逸の前年である1973年の巨人軍に送り込まれたのだ。

当時、マスコミは巨人のことしか記事にせず、巨人のことしか記事になっていないから世の中は巨人ファンばかりだった。だが、それらすべてはマスコミという洗脳装置が作り出した幻想だったのだ。

現在、新聞やテレビの影響力は徐々に衰え、洗脳から解放された人々は地元の球団を好きに応援できている。横浜も札幌も広島も神宮も仙台も素晴らしい応援をしている。

1974年当時、巨人以外を応援するのは変わり者だと思われていた。

なんてことはない、それだけ多くの人が洗脳されていただけだったわけだ。





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Twitterまとめ投稿 2017/08/03 [日記]


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