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「神撃のバハムート VIRGIN SOUL」第13話 感想(ロボのポセイドン感) [アニメ/特撮]

1期から登場していた謎ロボが水中で起動し、ゆっくりと陸上に上がってくる場面だけでご飯3杯食べられるわ。映像は劇場版並み。1期の1話みたいな感じだったね。

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撤退しろと言われてるのにいうことを聞かず、特殊能力を認めて担ぎ上げた子供に「あ?(威圧)」みたいな真似をされてる総司令官ってなんやねんと思わないでもなかったが、最後にリタが馬車から飛び降りる場面が良かったからまぁ許そう。

結果、神族ほぼ全滅、魔族の生き残りはアザゼルさんと奴隷の雑魚のみ。人類は古代の謎メカを復活させたせいで自滅パターンに突入いたしました。

世界観として、1期から登場している謎の巨大メカはロドス島の巨像のようなもので、この世界にあるもの。今回登場した謎メカは超古代文明という名の現代文明から発達した戦争兵器という立ち位置のようでした。女性脚本家は、どうしても現代を悪にしたいのだな。

これはおそらくゴジラパターンとみた。

あのシャリオス17世が使っている超古代兵器は、最後は復活したバハムートと戦うだろ? ゴジラであり、「風の谷のナウシカ」だな。バハムートはファバロの力によって復活する。バハムートを復活させ、謎メカを撃退し、再びバハムートは封印される。アーミラも登場するに違いない。

元々バハムートは、あの超古代文明が作り上げた忌まわしき超兵器を破壊するために生まれたという設定でも驚かない。シャリオス17世も、人間ではなく、ルシフェルかもしれない。変身が得意なマルチネでもいいけどね。ニーナが龍の眷属なのは、バハムート復活と関係がありそう。

ニーナとジャンヌが龍の里に向かったのはちょっとガッカリだったが、これで少しは展開が生まれてきそうな気配もあるので、2期に期待。

edはマジで変えて欲しいわ。






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「信長の忍び~伊勢・金ヶ崎篇~」第39話 感想(中盤のクライマックス) [アニメ/特撮]

織田信長中盤のクライマックス「金ヶ崎の退き口」が迫ってきた。

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若狭の国の武藤氏討伐の名目で京を出立した織田徳川連合軍は3万。序盤から優位に朝倉を攻め立て、攻略は時間の問題と思われた。

ところが妹のお市を嫁がせ姻戚関係にあった浅井家に不穏な動きがあるとの情報が入ってくる。はじめ信長は取り合わなかったが、松永久秀の進言や徐々に集まってくる情報からどうやら裏切りが本当だとわかると、殿に羽柴秀吉(諸説あり)を指名すると早々に撤退戦を開始した。

というのが「金ヶ崎の退き口」のあらましだ。

若いころの信長は、腰にいろんなものをぶら下げて馬に乗るような変わり者であり、うつけだと評判が立っていたが、その中に半足というものがあった。これは踵の部分がない草鞋のことで、どうやら緊急時の利用を想定して持ち歩いていたようなのだ。

何か事があったとき、いざ逃げようと走り出した途端に草鞋の紐が切れる。何も備えていなければそこで死ぬしかない。だが半足ひとつ腰にぶら下げていればその場を切り抜け、後で戦い直すことも可能である。逃げるときに使うだけだから、踵の部分はいらない。どうやらそういう思慮を持つよう自ら訓練していたらしいのだ。瓢箪などもそうである。逃げているときに喉が渇いたからといって川で呑気に水を飲んでいたら後ろから斬られる。瓢箪の中に水を供えていれば、走りながら喉の渇きを癒せる。

幼少時から頭の中でいろんな場面を想定していたのだとわかる逸話だ。小さいころから自己鍛錬に励んだせいで、長身揃いの織田家の中にあって170センチと比較的小柄である。当時は平均以上かもしれないが、お市の方が大きかったらしいから、やはりかなり小さいころから様々な訓練を積んで筋肉が付いていたために大きくなれなかったようだ。しかもこういうことを、親父に無理やりやらされた気配がない。どうも自分で勝手にやって、見かけにこだわらないことから、常識破りに見えたようだ。

ということを知っていると、「金ヶ崎の退き口」における信長のスタコラっぷりに納得がいくし、そもそもなんか愉快だろ? 「ついに役に立ったのか、ふふ」みたいにならないか? 読書をして無駄知識が頭に入っていると、何気ないことが面白く感じる。逆に狙って滑ってる作品には厳しくなる。アニメでもなんでもそうだが、読書は人生を豊かにするのだ。本を買えとは言わないから、図書館の常連になる人生も悪くないぞ。声優などという腐れマンコのケツを追っかけてる場合じゃない。

ところでだ。この織田軍による朝倉攻めで不思議なのが、浅井家の裏切りである。お市と仲睦まじかったはず(これはどうやら確実らしい)なのになぜ裏切ったのか?

一般的には朝倉との長年に渡る同盟関係をどうしても無碍に出来なかったとなっているが、劇中にもあったように、浅井家内部は朝倉派と織田派に分裂していた。織田軍に加わって一緒に朝倉家を滅亡させれば、朝倉の領地を丸ごと任される可能性もあったのに、なぜ裏切りを選んだのか。

個人的に納得できる説明は、信長が朝倉攻めに浅井長政を誘わず、若狭の武藤討伐を理由に遠征したことが、浅井家内部で織田派が不利になった理由だというものだ。信長とすれば、朝倉と同盟関係にある浅井家に情報を流したくなかったのだろうが、それがかえって織田は浅井家を信じ切っていないと邪推され、浅井家内部で織田派が議論に負けた要因になったのではないか。

朝倉は自分を信じて使者を送ってきた。一方信長は自分を信じず内緒で朝倉を攻めた。果たしてどちらに義理を感じるべきかとの苦悩があったはずだ。

お市が小豆が入った巾着の両端を縛って浅井長政の裏切りを信長に伝えたとの逸話は創作だとなっているが、オレは必ずしも作り話ではないかもしれないと思っている。

どちらへの義理果たすかと悩んだ浅井長政が、浅井家の自分は朝倉への義理を果たすが、織田家のあなたは兄上に義理を果たしてくださいと、わざとお市の知らせを黙認した可能性もないわけではない。たとえ後年の創作だったとしても、浅井長政の心中を考え抜いた上での創作だろう。

度々書いているが、オレが「何々はなかった」「何々は実はたいしたことない」という歴史観を好きになれないのは、当時の状況に感情移入せず、現代の自分の価値観だけで歴史を語ろうとしているからだ。

創作は嘘、史実こそが真実という考え方は、正しいようで正しくない。

それは、感情移入と客観性をどう捉えるかという問題だ。オレは批評に客観性は無意味だと思っている。深い浅いはあっても、まずは感情移入があって、その感情移入した自分の体験を客観的に考えないと、歴史や物語は語れないのではないのか?

お市が巾着を陣中見舞いとして信長に届けた、これは史実ではなくとも、浅井家内部を物語る重要な逸話のはずだ。

最近の歴史には、そうした視点が欠けている。





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「正解するカド KADO:The Right Answer」第12話・最終回 感想(脚本酷すぎ) [アニメ/特撮]

特異点を便利に使いすぎだよ。イライラしたわ。

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まともな脚本なら、10年後と言わず後々アニメファンに語られ続ける作品になったかもしれないのに、トンデモ脚本のせいですべて台無しになってしまった。

クソアニメって色々あるのだろうが、これだけ気色悪い最終回だと思い出すのも嫌で、早く忘れてしまいたくなるんじゃないか? そもそもこの作品に当初から期待した人たちなら、30分耐えきって最終回を見届けることがかなり困難だったはず。

面白かったという感想を抱いた人の気持ちはよくわからんな。おそらく、最悪だったと言ってる人を理解できない人と見做して、自分は理解できていると優越感を持ちたいのだろうが、お前らとは読んできたSFの量が違うんだよ、ボケ、で終わりだな。SFファンはトホホ状態のはず。小松左京作品のファンならアニメに見切りをつけるレベルのクソ脚本だったわ。

交渉官関係ないし、政治経済の理解が稚拙だし、時間を超越している高次元存在に時間経過による優位性で勝ってしまうし、脚本としてはダメなところしかない。

良かった点を挙げるとすれば、セルルックアニメーションのレベルがかなり高かったことだろう。「楽園追放」では手描きとほぼ変わらない映像を作り上げて驚かされたものだが、劇場版ではなくテレビシリーズでこれだけの映像を作れるのだなと感心した。一部手描きだったのに、違和感がまったくないのには驚いた。「ベルセルク」とは比較にならない。やはり技術は投資と蓄積だよな。

個人的に虫唾が走るほど嫌いだったのは、進歩を時間経過に伴うものと規定していたこと。異方存在の意味が完全に否定されている。もしこれをやるなら、異方存在ではなく、遥か未来からやってきた人がさらに16年先の未来人に負けるで良かったじゃん。バカなのか、この脚本家。

父親が殺されるとわかっていて、自分の存在が特異点(特異点の使い方が間違っているが)だと認識しているから事後には消えていなくなる娘が、なぜ真道が殺される前に関与しないんだよって話。異方存在が異方存在になる遥か前に関与して存在に至る芽を潰してしまえばいいだろ。それで自分も消え、何もかもなかったことに出来るはずだ。

でもそれだと話が成り立たないからやめたんだろ? 最初からこのオチでは物語として成立していない。そもそも情報が欲しいだけなら、ある時間の1点に関与しないしね。人類が滅びるときに異方存在として関与すれば、人類を情報体に変換して救うと同時にすべての情報を回収できる。人類発生時から存在を隠して関与していれば、歴史上のすべての人類及びその他生物の意識データすら回収できる。

個と個を話の中心に置くと、一方が高次元の存在でありがなら、並行世界の感覚で話を成立させなきゃいけなくなる。対比がおかしいんだよ。ヤハクィザシュニナ=ほぼ無限、真道幸路朗(人類)=有限みたいな対比じゃないと成り立たないだろうに。

人類の認識が個(個人が時間限定存在でしかないこと)を超えられないことを描くならわかるが、何で異方存在の個を使ってそれをやるんですかねぇ。同じ異方存在である徭沙羅花の目的は? なんでこいつまで個として描いているんですかね。世界観が並行世界になっているのに、設定上の対比だけ違うんだよな。もう滅茶苦茶。

哲学的には何かを語るレベルにはない。「お前は黙ってラノベ書いてろよ」で終わりだ。作者のレベル以上のものは生まれてこないってことがよく分かる作品だった。

他人から失笑されるために制作されたようなものだ。労力が勿体なかった。

木下グループから金を引っ張って来てこれではなぁ。

企画の段階でこれじゃダメだって気づかなかったのだろうか?






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Twitterまとめ投稿 2017/07/01 [日記]


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