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「神撃のバハムート VIRGIN SOUL」第3話 感想(ファバロ、名前だけ出る) [アニメ/特撮]

ニーナの師匠がファバロだった。師匠といってもインチキしてるに決まってるが。

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ファバロがニーナの師匠になれたのは、イケメンじゃないからだな。ファバロならニーナのVIRGIN SOULも一切反応しないだろう。

相変わらずキャラクターの表情が豊かで、動きも良く、音楽が素晴らしい。・・・素晴らしいのだが、冒険が足らんよな。1期は尺が足らなくて冒険が中途半端だった。2期は冒険そのものがない。

神と悪魔の権威が失墜した世界というアイデアはすごく良いと思う。アザゼルさんが包帯悪魔になって下等な悪魔や魔族を助けているというのも、良いと思う。1期を上手く下敷きにしてあって、そこにニーナという新しい主人公を加えたのも、良いと思う。

ただ、イケメン推しが強くなったよなぁ。1期の、イケメン悪魔なのに馬車に轢かれて死にかけるアザゼルさんの立ち位置が良かったのに。1期のイケメンは美麗な恩田絵によるところが大きかったのだが、2期は設定からしてイケメン揃いになっちゃった。脚本家が変わるってこういうものなんだなって。

カイザルとファバロが揃ってからが本番かな。





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「正解するカド KADO:The Right Answer」第3話 感想(いきなりハードルが高い) [アニメ/特撮]

あのラーゼフォンみたいに歌っていたのは、言語と同時に知覚情報も脳内に送り込んでいたのか。

良く死ななかったな、真道。

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マスゴミの「最高だよ、宇宙人」にはちょっと笑ってしまったが、お前らまともに報道できないじゃん。デマばっかりでいつもネットに論破されてるのに何言ってるんだか。情報の伝達に不備が生じる原因はお前らだろうに。というか、いつも思うが、ヘリは規制しろよ。

ヤハクィザシュニナは宇宙の外「異方」から来た。高次元宇宙という翻訳は適切ではない。隔絶した場所から「境界体・カド」を使い来訪し、次元に合わせて構成体を作り上げ、独立した活動が可能になった。

ということは、次元的な現出なので、移動の概念は関係ない。カドは乗り物ではなく、次元に対応するための変換機ということ。異方はどこの次元とも隣接しているらしい。だから、ヤハクィザシュニナは異星人というわけではない。より高次元の「意思」であるが、「意思」は環境や時間の制約から発生するものなので、あまりに隔絶した神のような「意思」だと仮定してしまうと、そもそもその神を創造したのは2017年の日本人だというフレームが目立ってしまう。これはアニメとしてはあまりよくない兆候。高次元の「意思」はもっとオブラートに包んだ方が良かったのではないかとも思うが、「考えさせる」ことがやりたいことのようなので、ヤハクィザシュニナがわざとやってる可能性もある。

ワムは異方から電力を取り出す装置。無制限のエネルギーを取り出す装置が、無制限に与えられたのか有限個なのかは言及がなかったが、次回予告を観る限り有限個のようだ。有限個ならば、与えられないという意味で「ない」ということもある。エネルギー問題はいきなりハードルが高いね。

先週のこのアニメの記事で、「正解する」の部分を「考え続ける」としたのは、おそらく当たっている。「人間に見合うものを知っている」の答えが「進歩」だとしたのは、より良い解決のために考え続けることが出来るかどうかの試金石なのだろう。

ところが、進歩主義は思考停止装置でもある。有限個の無制限エネルギーを与えられたとき、進歩主義は「平等に分け合え」「世界のエネルギー問題を解決に導こう」とすぐさま答えを出し、その答えを実行できない人間を罵るものだが、エネルギー関連事業で職を得ている人間の多さを理解すれば、そんな簡単に、しかも短時間で世界のエネルギー事情を変えられるわけではない。充分な談合する時間が必要なのだ。

だが、そもそも資本主義、市場主義を前提に世界を成り立たせているのに、談合(話し合い)が解決への近道だと共通認識を持つことすら難しいのが実情。談合を叩いて市場優先主義にすればなんでもモノが安くなると煽ってきたのはマスコミで、そのマスコミが今度は「談合で世界のエネルギー問題を解決しよう」と訴えても、その仕組みすら否定された現状ではどうにもならない。

人類が無制限のエネルギーを有限個(実数不明)手に入れた場合、そのエネルギーの分配をめぐる確執、エネルギーの占有を巡る戦争、権利を巡る交渉などの課題に目が向きがちだが、オレが気になるのは、進歩主義による思考停止が、問題解決のために必要な時間を奪うという事実だ。

国連のような不平等を固定化させる組織にすべてを委ねれば、国連の制裁の名にかこつけてどこかの国がエネルギーの恩恵を受けられなくなることがあるので、国連という組織の不備だけしか浮かび上がってこないのに、進歩主義者は国連に委ねろと言いかねない。国連がダメなのだから、他のどこの国が持ってもおかしくなる。人類の現状では扱えない代物なので、じゃぁどうやってエネルギーを分配するのか考え続け、何かを構築しては壊し、反省し、別の答えを模索しなければならない。だが、進歩主義者はその答えに辿り着く時間の膨大さに気づかず、答えを出せない人類を嘆いてみせ、神になったかのように振る舞う。

むしろ、こっちの方が問題なのだ。

エネルギーを巡って戦争が起こるのならば、別に戦争をしてもいいのだ。それが答えに辿り着く手段かもしれないのに、戦争は避けようとする。戦わないから、不備しかない現状が固定化されたままで、一向に問題解決の手段が見つからない。

「人間に見合うものは進歩」これに異存はないが、進歩に向かって考え続けるから問題は何かしらの形で解決されるのに、進歩そのものが答えだとした場合、思考は停止する。

正解は「ない」のだ。未来は不確実で、何をすれば正しいのかは、いくつもの答えを実行して間違って反省して別の手段を試し続けることでしか見つかっていかない。それなのに、進歩主義者は常に正しい答えがあり、自分はそれを知っていると我が物顔で振る舞う。そして、考えることをやめる。

「進歩」というワードが出たところで、解決は閉ざされたようなものだ。

余分なものは分け与えればよいが、労働によって得た余分なものの所有権が別の人間に託されたとき、労働の価値は低下する。生産力が落ち、分け与えるモノが減る。よって以前より貧しくなる。共産主義の過ちをカドという高次元の宇宙からもたらされるエネルギーで解決した場合、人類がどうなるのかは誰にも分らない。

結局、これはただ試されているだけで、何も得られない話だ。

「人類には対立がある」という確認ができるだけ先に進むってことだろう。






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「ベルセルク 次篇」第16話 感想(フローラが島本須美だった) [アニメ/特撮]

島本須美が落ち着いたいい声だった。イメージにぴったりだった。なんだか嬉しい。

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アニメは作画も大事だが、芝居でもあるわけだから声優の演技も大事だよな。キンキン声で喚くだけの声優とかはどうでもいいけど。というよりそんなアニメ自体望んでいないし。日笠陽子のファルネーゼも良かったが、島本須美のフローラも良かった。好きな漫画にイメージ通りの声がつくってのもアニメ化の喜びのひとつだ。

フローラとシールケがやっと絡んできて、狂戦士の甲冑を得るのは2期の中盤くらい? もしくは中盤以降ガッツがボロボロになっていく感じなのか。犬もいたしな。意外にあっさりかも。そこまで引っ張らないと、またどこで区切るのかわからなくなる。3期作るってひとこと言ってくれればこんな心配しないけどね。

あっと言う間に終わって、今週もおもしろかった。こうして「ベルセルク」を観ていると、自分の年齢を忘れてしまう。漫画の方はなかなか進展しないし、毎週こうして世界観に浸る時間があるのはいいわ。EDも雰囲気に合ってるし。次回予告は「灰よ~」で盛り上げて欲しいところだけどな。

んー、満足満足。






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Twitterまとめ投稿 2017/04/22 [日記]


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