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「信長の忍び~伊勢・金ヶ崎篇~」第28話 感想(ほぼ実話だから困る) [アニメ/特撮]

爆死ちゃん松永久秀が織田信長に恭順の意を表すだけの回なのに、ネタが豊富。

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クリスマス休戦は実話なのかどうかわからないが、他は本当のことばかりだから困る。あんなのを下に置いて殺されなかったばかりでなく、何度も裏切った松永を殺さなかった織田信長は器量を見せたよな。

織田信長は根切りと言って一族郎党皆殺しもやっているのに、松永だけは何度も許して放免した。名物の茶器が欲しかったのか、見込むところがあったのかは不明。一番厄介や奴を野放しにして生き延びたのに、忠臣と思われた明智に裏切られて死ぬとかドラマチックすぎる。

でも結局のところ、松永を自爆に追い込んで死なせてしまった。松永はプライドは人一倍高かったはずだから、信長におもちゃにされて悔しくて仕方がなかったのだろう。彼を手玉に取ったことで織田の名声は確実に高まり、明智が裏切った際も彼に従う者はおらず、死後も畿内は盤石であった。

劇中に出てきた「黄素妙論」は中国の明代の本が原本らしく、これを愛読していた松永久秀は相当な女好きだったのでしょう。今風にいうポリネシアンセックスみたいなもので、奥に当ててツンツンしながら女が自分のペースでイクのを助ける的な感じでした。例の入り口のところのアソコの刺激と、奥のところのツンツンなので、実践してる人は多いでしょうね。

色好みで、教養があって、粗野でもある。相当自分に自信を持って生きていたはずの人物ですね。それが裏切っても相手を逆上させることもできなかったのだから、やっぱり悔しかったんだろうなぁ。

爆死ちゃんは本当に面白い奴。しかし、大義を持たない人物は小物感も同時につきまとうのも事実。下剋上の世で金も名声も女も名物もなんでも手に入れたのに、本物の大物に出くわして腹が立って仕方がない感じは爆死事件でよくわかります。

なかなか魅力的な人物であります。







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「正解するカド KADO:The Right Answer」第2話 感想(境界体?教誨体?カド) [アニメ/特撮]

監督の村田和也って「翠星のガルガンティア」の人か。ファーストコンタクトのシーンは抜群に上手いな。魅入ったわ。

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羽田空港上空に突如出現した謎の立方体に、乗客252名を乗せた旅客機が飲み込まれてしまう。その立方体は外部からの干渉を一切遮断する特性を持っており、目視以外の観測が事実上不可能であった。

乗客の中にいた外務省交渉官の真道幸路朗はその立方体内部において、謎の構造物の所有者であるヤハクィザシュニナという人物と遭遇した。ヤハクィザシュニナは人類との対話を望んでおり、真道は彼に協力を求められた。協力の対価として乗客の身の安全と食料等の確保を約束させた真道は、ヤハクィザシュニナに協力することを約束した。

異星人の所有する構造体の名は「境界体カド」と呼ばれており、その内部に取り込まれた物質は構造変換によって外部の物質とは異なったものになっていた。それを再び外部に出すには再変換が必要で、それに有する日数は29日間。その間にヤハクィザシュニナと真道幸路朗は日本政府と交渉することになった。

3時間の猶予ののち、日本政府は対策本部の設置と外務省から交渉官の選抜を行った。選ばれたのは、海外から帰国したばかりの徭沙羅花(つかい さらか)だった。


という内容の第2話でした。とにかく面白くて引き込まれる。

劇中において、唯一の正解は「考え続けること」と明かされたので、人類と接触は、人類は考える葦であるかどうかの確認のためなのかもしれない。

いまのところ、ヤハクィザシュニナが異星人なのかどうかは明らかになっていないが、断言できるほど情報がないけども、生体の異星人が惑星間移動をして地球にやってきたということはなさそう。ヤハクィザシュニナが最初に音楽の旋律のような音声を発したところを見ても、地球が目的でやってきたというより、知的生命体とことごとく接触を図ってるように理解した。すぐ前に接触した知的生命体があのようにコンタクトを取っていたので、とりあえず前と同じ方法が通じるか試してみたのだと思う。

生体を惑星間移動させて、知的生命体との接触を図るのは無理がある。生体は経年劣化と無縁ではないから、時間が目的の遂行を阻む。目的を遂行するためには、目的を果たすこと自体を独立させて考えなければならず、果たされた目的を知ることも諦める必要があるのではないか。他惑星に発生した知的生命体に接触することを目的にして、接触の事実を知ることも諦めた場合、接触して何を知りたいか、何を確認しておきたいか、自分たちがいるということ、あるいはかつて存在したということを相手に知ってもらうこととともに、何を確認して共通認識に至りたいかをかなりはっきり定めた上でなければ、こんなことはしないはずだ。

正解は考え続けることだというのは、カドとヤハクィザシュニナを外宇宙に送り込んだ異星人が、別の惑星で発生した知的生命体に伝えたい自分たちの考えであり思想の原点なのだと思う。それを強制してくるかどうかはまだ不明。

以上のことから、ヤハクィザシュニナは地球人を模して作られたコンタクトを取るための情報伝達装置なのだと思う。カドが人工人格もしくは人工実存の本体じゃないかな。ヤハクィザシュニナはカドのことを「きょうかいたい」と呼んでいた。外部から隔絶したものなので「境界体」だと思うが、今後の展開次第では徳を諭す意味合いが持たされているかもしれないので、教誨体である可能性もある。

ノヴォについては判断できるほどの情報がなかったはず。真道幸路朗は来訪の目的を聞いたはずなので、おいおい明らかになるはずだ。

正解するカドとは、考え続ける隔絶したものの意で、人工実存に非常によく似ていると感じた。ある目的を持ち、その遂行のための労力は惜しまないが、成果は時間的な制約で得られないと諦め、それでも目的遂行を諦めない知的生命体の、あくなき好奇心の強さこそ、知的生命体であることの証だろう。

オールドSFのテーマかもしれないが、とっても新鮮な気持ちで観ることが出来ている。

アニメなどは自分の好きなのを観ていればいいけども、なかなか他の作品を霞ませるだけの魅力ある作品だと思う。





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「ベルセルク 次篇」第15話 感想(鷹の団復活) [アニメ/特撮]

新生鷹の団の禍々しさと、それを光によって覆い隠すグリフィスの雰囲気が良く出ていたよ。

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新生鷹の団は死者や人外だらけなのに、グリフィス(人外)の輝くばかりの美しさと過去の功績が、暗く醜い部分を隠してしまうんだよね。いろいろ思うところはあるけども、贅沢をいえばキリがない。シージーガーの連中は早めに屠らないと、アニメ化が途絶えてしまう。あいつらの命より「ベルセルク」なんやで。

対するガッツは、何にも悪いことをしていないのに黒い剣士として日陰者として生きてる。この対比が蝕後の魅力。外からの光で暗部を覆い隠すフェムトと、漆黒の中の光を絶やさないよう踏ん張るガッツ。狂戦士の甲冑のところは賛否両論あったんだけど、オレは好きだったな。外からは悪魔にしか見えないガッツが、必死に自分と戦いながら自分らしさを失わないよう一筋の光を守り通すところがなければ、フェムトとの対比にならないからな。

構成がまだ読めないんだけど、リッケルトとエリカの関係も出てるんだよな。次篇の次もあるんじゃないかって思ってるのは、あのふたりのことが描写されているから。作者も加わって再構成しているんだし、こっちは楽しませてもらうだけ。でも原作を読んでると、ある部分では凄く端折ってる感じがして、ある部分では凄く展開が遅く感じるのも確か。でも最終的には1期くらいのカタルシスは出せるはず。

第1話で早々に登場して、いつ絡んでくるのかと待っていたシールケも、1期丸ごとほぼ放置したのちそろそろ絡んできそう。というか、ここで絡ませるなら1話冒頭に必要だったのかって話だが。

会社の連中は、漫画を読んでいないのが多くて、テレビ版のアニメ1期が人気あるんだよな。あのガッツ隊長のやつ。漫画が面白いんだと言ってやると「漫喫行ってきます」だからな。あの30代半ばの連中は、アニメでしか観ていないから、今回のアニメを観るとガッツが落ちぶれてるって感じるそうだ。黄金時代編はむしろただの回想だったんだけどな。

光の鷹と闇の鷹との対比を中心にするなら、もっと大胆な再構成でもなんでも受け入れるぞ。2期で終わらせてもいいんだけど、使徒狩りにかこつけてカットしたところを無理から入れ込んで、ファルネーゼとか立場を逆転させてもいいんだぞ。

何をやってもいい。

だからジャンジャン作るんだ。





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Twitterまとめ投稿 2017/04/15 [日記]


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