So-net無料ブログ作成
検索選択

「正解するカド KADO:The Right Answer」第1話 感想(継続視聴) [アニメ/特撮]

本日の昼のことだが、会社の花見に行った際に「先輩、もしかしてカド観てないでしょ? 先輩のためにあるような内容でしたよ」と言われ、急遽視聴することにした。

credit.jpg


羽田空港に直径約2キロの謎の立方体が突如現れ、政府の官僚が搭乗した飛行機を、254名の乗員もろとも飲み込んでしまった。

その立方体は外部からの刺激を一切遮断する特性を持っており、目視以外の観測が事実上不可能で、重いのか軽いのかさえ分からない。乗客乗員の安否は不明のまま。材質すら分からない状況ながら、映像確認によって旅客機乗員の生存に期待が持てると判断した政府は乗客の安全を最優先する旨を通達した。

物理学者の御船と品輪は、何物をも通さない性質の秘密を探るため、戦車の砲弾を使っての実験に踏み切った。結果は失敗。徹甲弾の運動エネルギーすら謎の立方体は吸収してしまった。ところがその際に立方体に変化が現れ、上部の一部が解放され階段が出現した。そこから登ってきたのは、飛行機とともに安否不明になっていた真道幸路朗と、ヤハクィザシュニナと名乗る謎の人物だった。


という第1話。ヤバイヤバイ。こんなのピックアップすらしてなかったわ。夏目は貸してくれるし、お前は本当に良い奴だ。

内容はかなり良い。まだ始まったばかりなので分からないが、おそらくはSF。ファーストコンタクトものかもしれない。日本が舞台なので小松左京のような雰囲気になってるが、海外作品を日本舞台でやってる雰囲気も併せ持っている。

「虚無回廊」や「首都消失」など小松作品を連想させるのは、政府の描写が丁寧で、それなりに正しく描かれているからだ。人によっては「シン・ゴジラ」を連想するかもしれないが、あれは小松左京へのオマージュだから一緒である。小松左京は、政府要人を無駄に貶めることをしない人だった。

立方体の正体がまったく分からず、そもそも質量があるのかないのかさえいまのところは不明。「虚無回廊」の円筒形(SS)は、長さ2光年、直径1.2光年で、質量がなかった。円筒形は回転しており、両端の部分は光速を超えているという設定だったな。

「正解するカド KADO:The Right Answer」に出てくる謎の立方体は、目視観測では構造物っぽい文様がある。マヤ文明とかそんな雰囲気。そして文様が動いている。

外からの刺激は一切遮断して内部は見えないが、見えてるってことは反射はしてるらしい。いや待て、それも夜になってみないとわからないのか。

などと考察が捗る作品であるが、一方でイケメンキャラが最後に登場したので、ここから急速に普通のアニメっぽくなることもあり得る。個人的には「けものフレンズ」の穴はこれで埋まった。


本作は、東映アニメーションのセルルックCG作品である。「楽園追放」を作り上げた東映アニメーションの優位性は、テレビシリーズになっても変わってなかった。ソフトウェア投資の重要性を思い知る感じだ。セルルックCGの、おそらく最先端。東映のCGを観ると、サンジゲンですらエフェクトでごまかしているとわかる。東映のセルルックは、本当に手描きみたいなのだ。

これを観た後に「ベルセルク」を観ると辛くなるが、いや待て、GEMBAも頑張ってるんだぞ。GEMBAには投資する金がないだけだ。

「楽園追放」のときに、ソフトを作りながら映像を完成させてるみたいな話があって、やっぱ大手はやることが違うなって思ってたんだよ。CGの完成度が高すぎる。しかもテレビシリーズで出来るとか。ついに東映が「プリキュア」以外で本気を出すのか。

そんなこんなで、大満足の第1話だった。

「正解するカド」ではなんのこっちゃわからんからなぁ。危うく見逃すところだったわ。




コメント(2) 
共通テーマ:アニメ

「タイガーマスクW」第26話 感想と考察(軍団抗争と異種格闘技戦?) [アニメ/特撮]

先週で中盤の佳境が終わり、新たな展開へ突入。

72cdafeb9.jpg


タイガー・ザ・ダークがジパングプロレスの先輩タクマだとわかったタイガーマスクは、すぐにでもザ・サードとの対戦を希望するものの、実績不足を問い質され忸怩たる思いでいた。

そこへやってきたミラクル・ワンという名の覆面レスラーが、対戦相手の若松に不満を持ち、仲間であるミラクル・ツーを呼び出して若松と助けに入ったタイガーマスクを痛めつけた。カナダチャンピオンとの触れ込みだったミラクルズは、実はモノポリーが送り込んだ新日本壊滅のための刺客だった。


というお話。ミラクル・ツーはケビン。ワンもそこそこの実力者のはず。


ということで、軍団抗争勃発ですよ。マシン軍団の流れですかね?

いま現実の新日本プロレスも鈴木軍との軍団抗争が始まりつつありますが(多分)、正直軍団抗争って好きじゃないんでちょっと興味が削がれた状態。軍団抗争って簡単に物語を付けられて便利ですけど、面白いのかね? マシン軍団のときは、両者リングアウトがデフォになって、テレビでのプロレス観戦をやめるきっかけになった。

マシン軍団で好きだったのは、平田のマシン風車固め(フロントチョークスリーパースープレックスホールド)くらい。あれはいい技だったね。平田は足がドタバタするから、ラリアットに説得力がなかったからな。

やっぱ、スープレックスホールドなんだね。ラリアットとウェイパーは実力不足の証拠で、甘え。

それより、モノポリーが用意したタイガーの相手であるキングタイガーの方が面白そうだった。マーシャルアーツの達人という設定で、マスクマン同士の戦いだけども異種格闘技戦の流れかもしれない。軍団抗争よりは異種格闘技戦が好きだったわ。

プロレスはキャラ付けが重要なんだけど、異種格闘技戦は相手がプロレス素人で試合がしょっぱくなる危険こそあれ、キャラ付けが容易なところが強み。総合格闘技は単純に勝ち負けを決めるだけだから、キャラ付けなどは煽るのに必要なくらいで、主に戦績が重要視されるが、異種格闘技戦はあくまでプロレス。ボクシングチャンピオンとか、コマンドサンボの達人とか、柔道家とか、オリンピックメダリストとか、それだけでキャラもついてるし、箔もついてる。

オレがリングスをプロレスだと思っていたのは、そこでプロレスをやってるという意味ではなく、異種格闘技的キャラ付けを重要視したマッチメイクだったから。あれもプロレスのひとつで、亜種ではあるかもしれないが、アントニオ猪木という天才が考えたプロレスを盛り上げる一つの方策だったんだよな。前田日明は総合とプロレスの狭間でよく知恵を出して頑張っていたけどね。UWFインターの、プロレスも総合もやるという方向性より、よく練られていた。パッとロシアの選手に注目したのも先見性があったよ。

総合が盛り上がりすぎて、プロレスラーを総合のリングに上げたのは、仕方なかったかもしれないけど、やはり本田忠勝と可児才蔵をガチでやらせるのは邪道だったんだよな。戦場の兵士と戦場の華は戦ってはいけなかったのだ。いまになってわかることだから、本当に仕方なかったわけだけど。

結局、日本の総合はヤクザの介在で盛り上がったのち廃れていき、ヤクザを排除し、資本を集中させることが出来たアメリカだけで盛り上がっている。日本の総合はヤクザに殺された。ヤクザというより、大阪の在日社会ですけどね。RIZINってやってるけど、本当にもう大丈夫なのかってヒヤヒヤしている。

プロレスも闘魂三銃士や小川などで徒花的に盛り上がったのちに00年代から徐々に衰退、棚橋がイケメンキャラで頑張って支え、オカダ登場で盛り返している。でもそこに、異種格闘技戦というものはなくなってしまっているんだよ。あの方向性も徒花だったのかというところが論証すべき箇所。総合格闘技が大きなポジションを得たいま、もう異種格闘技戦方式は通用しなくなったのだろうか?

一般的には異種格闘技路線はおよびでない雰囲気なのは知っているが、オレはリングスを観ていたからねぇ。異種格闘技のキャラ付けで、月1回興行、すべてテレビ放送(WOWOW)ありで成立させていた、あのポイント方式の新しいプロレスがまったくなくなってしまうのはちょっと寂しい。

RIZINの女子なんて、顔面殴り合ってるけど、顔面が腫れ上がって顔が崩れるくらいなら総合なんてやりたくないって思ってる選手も多いだろうに。空手も顔面なしが普通で、柔道はもちろんない。じゃぁ、いまの総合ルールができないから彼女らが弱いかといえばそうじゃないでしょって思うのよね。柔道やってりゃ強いよ。ただ金のために顔を殴られたくないだけ。

本多忠勝は戦場の華で、徳川家康の近くにいる最強武将だから、偶然などで最強が揺るぐ場面に出る必要はないというのも真理かもしれないが、本田忠勝がガチっぽく戦ってるところは見たいって思うでしょ。ただし相手は、可児才蔵じゃ面白くないんだよね。もっと華のある同じ立場の人じゃないと。織田信長配下の前田利家とかね。そこがキャラ付けで、プロレスではチャンピオンとか大会覇者だとかの称号。異種格闘技は別のルールのチャンピオンで、プロレス的な下地がなくても出来て、キャラ付けが容易だってこと。

いまは絶えて久しいかもしれないが、新日本プロレスの遺伝子の中には異種格闘技戦もあるんじゃないかって思うのよね。まぁ、新しいファンが望んでいないのならいいけども、拳での顔面なしで(掌底も面倒だから禁止で)、スープレックスや柔道の投げ技でポイントを奪い合い、関節やキック、首から下の打撃でKOを奪い合うルールもあっていいんじゃないかなぁ。

総合の選手とプロレスの選手が試合をしても、異種格闘技にはならず、真贋論争になってしまうが、異種格闘技戦の何が面白かったのだろうと考えると、また違った余地が生まれるかもしれないというお話でした。

真贋論争はもうお腹一杯。それはいらない。ただ、いまの総合ルールでは、前田利家と本田忠勝は試合をできない。

でも観たいわけよ。

前田が引退試合でアレクサンダー・カレリンを引っ張り出したのは、凄いことだったんだよ。

あれこそ異種格闘技戦の真骨頂なんだね。





コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「進撃の巨人 Season2」第2話(27話) 感想(一応オチもあるっぽい) [アニメ/特撮]

作画と演出だけのアニメだと思っていたのに、一応全体的なオチも用意されてるっぽい。

visual_01_02.png


女型の巨人が使ってた硬化能力で壁を造ったってことは、知性のある巨人には硬化能力があるということかな。どんな硬い物質も同じ物質なら壊せるから、今回壁を破壊したのはあの猿の巨人ってことでよさそうだ。

知性のある巨人は知性がない巨人を従えることが出来るから、巨人が固まって壁になっていたことで小さな巨人は手出しできなかったのか。主従関係は意外としっかりしてたんだな。

その巨人が造った壁を宗教に利用して崇拝の対象にしていたのなら、壁になった巨人たちは人間たちを守るために自ら壁になったのかも。自ら壁になることで人間を巨人から守れば、のちのち崇拝の対象になってもおかしくない。

もしそうなら、知性のある巨人たちの中に対立関係があったということ。対立関係があったということは、意見の食い違いがあったということ。巨人同士の間に意見の食い違いを生じさせた問題には人間が絡んでいて、人間を守るか食うかで揉めていた。もしくは、何百年だったか忘れたけど、人類が壁で守られている間に巨人たちの意見が変わった可能性もあるね。

守るか食うかと言っても、巨人には生殖能力がないのだから、生き延びようと思えば人類を守るしかないはず。

壁を崇拝していた人間たちが、壁が巨人の硬化能力で造られていたことをタブー視しているのは、人間が巨人の正体だからということと、それを隠していたことと、他に何があるだろうか? 禁忌というのは、恐怖から生まれるものとウソから生まれるものがある。この世界観ならどちらもあり得るが、人類対巨人という構図ではなく、人類が巨人になるのだから、何らかのウソを隠すために禁忌が使われている方が可能性は高いか。

調査兵団の中に巨人がいたわけだから、知性のある巨人は何かを探して調査兵団に紛れ込んでないとおかしい。人間を殺すだけなら、寝込みを襲えばいい。喰いたいなら巨人化して食えばいい。それをしていないのだから、何かを探している。

人類と巨人の対立というものがそもそもウソで、共通の敵がどこかにいるのなら、本当の敵に対してどのような立場を取るかで意見対立があってもおかしくない。それに巨人というけども、人間が操縦してるようなものだから、兵器っぽいわけだよな。自己増殖可能な生体ロボット兵器が劇中の人物たちだとしたら、その兵器を使って戦っていた連中がいるはず。空中元素固定装置みたいなもので巨人化してるんじゃないの?


原作はどんな感じで進んでいるのだろう?


でもまぁ、一応オチっぽいものもありそうだし、いいんじゃないかな。




コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「Re:CREATORS(レクリエイターズ)」1話切り [アニメ/特撮]

絵も綺麗だし、音楽も良い。でも、設定が個人的に合わない。

feature_01.jpg


設定が合わないのはたいてい最後まで馴染めないものだから、切った方がいいのかもしれない。文句言いながら観てもなぁ・・・。

好き嫌いの世界だから、嫌いなものは好きにはならないよな。

どういうところが合わないか列挙すると、まず、オリジナルでありながら、ラノベの世界を現実化したという部分。ラノベテンプレが嫌いなので、いくらアニメがオリジナルでも全然意味ない。むしろタチが悪い。

主人公が都合よく女に甘やかされてるところも苦手な部分で、その女というのが、胸の開いた服を着た女戦士というのがもう悪寒が走るほど嫌い。醜い人間の創造物であるラノベが現実化するとか、何の悪夢だよって感じ。こっちの感じている悪夢と、主人公である男が劇中で認識する悪夢が食い違っているのが最悪。

ラノベの原作者をクリエーター呼ばわりして、創造主と位置付けているのも最悪。何もクリエイトできていないからラノベが嫌いなのに、劇中ではクリエイトしていることになっていて、創造主=神であり、大きな権限がある。タイトルがそのままの意味で劇中に反映されているのに、そもそもそれ自体が胡散臭いウソの世界なのだから力が抜けそうだ。

ラノベがなぜダメかというのは、以下の理由による。

バブルが崩壊した後、出版社の世界もビジネス用語が跋扈するようになって、とにかく売れる作品を分析し、テンプレ化して、量産した挙句、女のイラストで宣伝して売りつけるという行為が普通になった。主役は目新しい経済用語やマーケット分析を得意とする出版社のエリート社員で、作者はただの創作労働者。読者に至っては「女の絵でリビドーを軽く刺激してやり、その醜い自己肯定を傷つけない限り有能な金蔓」としか見做さないような世界のどこがクリエイティブなのだろうか?

作家性を表向き肯定しながら作者をチヤホヤして甘やかし、売れなくなったら掌を返して捨て、別のに取り換える。内心では作家など自分たちエリートのためにせっせと働く労働者としか思っていないのに、表面ではセンセセンセと持ち上げる気持ち悪さが全肯定された世界観のアニメだ。クリエーターを創造主として尊敬しているようで、「これでまたバカを釣れるかな?」くらいにしか思っていないのがバレバレ。バレてるというより、オレはその場にいたからな。

「良い作品を作り、上手く宣伝して、売る」という行為が、「上手く宣伝しないから売れない」「上手く宣伝したから売れる」に分解され、「上手く宣伝して売る」ことだけが目標となった出版社からクリエイティビティが消え去ったことが問題なのになぁ。日々何か生み出しているから、クリエイティブな仕事をしてるように錯覚しているだけで。

絵も音楽もいいから好きな人は楽しんでもらえれば構わないが、こんなんで子供を釣っても、その視聴経験も読書経験も、人間性を豊かにしてくれないんだよな。売り手がいかに浅ましいか知らない子供だけがまた騙されて金を毟り取られて終わるのか。虚しいものだ。

ま、がんばって。





コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

Twitterまとめ投稿 2017/04/09 [日記]


コメント(0)