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「銀河英雄伝説 Die Neue These」第7話 感想(イゼルローン攻略・後編) [アニメ/特撮]

流体金属の外壁表現が良かったね。でもその前にあの中から砲台がニョキって出てくるシーンがあればもっと視覚的にわかりやすかった。

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絵はやはり旧作とは比較にならないくらい良くなってる。イゼルローン要塞内の描写とか詳しく描いてあった。あそこまで細かく描くならいっそ実写で・・・と思わなくはないけど、まぁそれは無理な注文だってわかってます。リアルになったなぁ、イゼルローン要塞。

原作と旧作ではセキュリティーのところがガバガバで、司令官ふたりの無能さだけで要塞を占拠しちゃうのだが、そこの部分をちょっとだけ改変して現代的にしてあった。ワルター・フォン・シェーンコップが乗り込んでいくところはどちらにしてもムリがあるので、もし完全にリアルに見せたければイゼルローン攻略のところだけで劇場版にするくらいの尺がいるからあの程度の改変でいいんじゃないかな。

そういうところはともかく、全体に政治的な部分が臭い。先週も書いたけどこれが新作最大の欠陥で、歴史や政治についてよほど知識のない人物がまとめているのか、まるでダメなんだね。トーマ・フォン・シュトックハウゼンとハンス・ディートリッヒ・フォン・ゼークトの不仲の原因を性格が真逆であるためともうちょっと強調しないとなぁ。

ゼークトは対面を重んじるロマンチストでそれがアダとなってオーベルシュタインの警告を無視し艦隊をみすみす失うわけだが、対面を重んじることとロマンチシズムは専制君主制の根幹だからミッターマイヤーもロイエンタールもビッテンフェルトもみんな一緒。さらに言えばラインハルトも一緒。ゼークトは典型的な帝国軍人ではあるが思慮が足らないだけ。

さらに言えばイゼルローン要塞勤務のシュトックハウゼンがその部分が乏しい保身の塊みたいな人物だったからゼークトはロマンチストな部分が強調されてしまったという側面がある。旧作が上手かったのはこの部分を早口のナレーションで最初に説明したところ。シュトックハウゼンの保身も危ないことには手を出さない消極的人物だと最初に描かれていたから命の危険にさらされてあっさり折れてしまうのが納得できたし、ゼークトの特攻も理解しやすかった。

それを単に硬直的人物にしてしまっていたからなぁ。新作の脚本家、バカのくせにしたり顔で人間批判っすか? 硬直化した頭で柔軟に参謀の意見を受け入れられない無能な人物ではあるが、同時に長年にわたって同盟の侵攻を食い止めてきた英雄的な人物でもあるゼークトの両面を描いて、愚かさの悲しみを描いてくれないと。この脚本家、どうにもダメ。

シェーンコップの回想に尺を取ってオーベルシュタインが敵前逃亡したことになっていたのもあまりに酷い改変だった。オーベルシュタインはゼークトに何度も具申して疎まれ、そのままにしておくとさらに何か言ってきそうだったから「出ていけ」と言われて出ていっただけ。だから本来は咎められるべきじゃないけども、状況的に上官を見捨てて逃げたようになってしまったからラインハルトに泣きついて助けてもらった。それが本当に見捨てて逃げたことにしてあって愕然としましたよ。

脚本のことではヤン・ウェンリーのところも途中で何度も回想という形で作戦の内容を出してくるでしょ。時間が巻き戻っているんだけど、誰の視点の回想なのかわからない。シェーンコップの回想という個人の視点と作戦の中身を過去に遡ってヤンに語らせるという神の視座が交互に出てくる。視点の統一性もないし時間の統一性もない。ヘタクソすぎてイライラする。

イゼルローン攻略はなぜそれが成功したのか印象付けなければいけないから、シュトックハウゼンとゼークトに尺を取るべきで、シェーンコップの回想はローゼンリッター連隊の活躍なんて後でいくらでもあるんだからそこでいれればいい。

組み立てがヘタクソってこともあるし、そもそも論だがナレーションの多用をやめてしまっているから情報量が圧倒的に不足している。こんな脚本家で銀英伝のアニメ化を最後まで乗り切れるのかと心配になる。知識が浅いんだよ。

せっかく映像が格段の進歩を遂げていい感じのリメイクになってるのに、肝心のところが全然ダメってのは何とかならないものかと。

もっと素直に映像に感動したいってもんですよ。



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