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「バットマン: ダークナイト リターンズ Part 1」(2012年作品)感想 [映画]

昨夜視聴した「ダークナイト」のシリーズ続編。ジェイ・オリヴァ監督によるアニメ映画です。映画なのかOVAなのかはよく知らないですが。

ブルース・ウェインがバットマンを引退して10年。再びゴッサム・シティは悪に染まり、それを赦せなくなったブルースは老骨に鞭打ちもう一度バットマンとなって戦う決心をする。という内容で、すっかりおっさんとなり果てたブルース・ウェインが痛々しい。ハービー・デントが整形されて再登場するものの、心はすっかりトゥーフェイスのままで改心の気配はない。

とにかくおっさん向けに特化したアニメ。60歳還暦近いおっさんというよりおじいちゃんに近い世代が懐かしむために製作されたようなもの。アメリカのおっさんはこうしていつまで現役で戦っているのが理想なのだろう。必死で戦う同年代に食いつて欲しくてしょうがないって感じ。

オレは子供のころに特撮、アニメ両方の「バットマン」を観て、青年期にティム・バートンの劇場版を楽しんだ世代だが、生憎ンナアメーーーリカンな人間じゃないのでさほどでもなかった。まぁおじいちゃんが正義のために一生懸命戦ってるアニメだから、偽善的な人は好きなのかも。

そんなことより、結局「バットマン」を一般層向けにブラッシュアップするという「ダークナイト・トリロジー」の試みが、脚本面ではそこそこうまくはいったものの、現実感を出すために現実的な描写を入れる愚を犯したせいで、バットマンという存在がただのコスプレ変態暴力親父と何が違うんだという問題に直面させたままになってしまった。ンナアメーーーリカンな人々はリアリティーというものをどう考えてこんな作品にしたのか、実写版も含めてちょっと不思議になっているところだ。

ティム・バートンの「バットマン」は新作実写映画として現代の映像として蘇らせたのに、「ダークナイト・トリロジー」は何かちょっと違う感じがしてならない。ティム・バートンのように、ゴッサム・シティを悪いおとぎの国として成立させるだけではいけなかったのだろうか? もっとアメリカ的に近づけなければいけないものなのだろうか? アメリカだけど、それはどこにもない別の世界だったものを無理矢理アメリカ合衆国のどこかにしてしまったのは間違いのような気がする。

一方でこのシリーズは非常に人気が高いのだそうだ。

まぁ人気があるのは結構なこととしても、「悪のおとぎの国にいる正義のヒーローバットマン」のままではいけなかったのだろうか?

バットマンが悪に加える制裁は、このシリーズのように善悪を問われる類のものなのだろうか? 必殺仕事人を犯罪者だと告発するようなことは、ちょっと違うんじゃないかな。

スーパーマンとバットマンが戦う映画をちょっと前に観たが、アクションシーンでマントを踏みつける場面が何度もあった。

ああしたご都合主義をあざ笑うような描写は、本当にヒーロー映画に求められているのだろうか?


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