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「バットマン」(1989年作品)感想 [映画]

1989年の「バットマン」第1作。監督はティム・バートン。

当時アメコミヒーローの再生産が始まっていて、「スーパーマン」などはあくまで劇場映画として成功を収めていた。「スーパーマン」までは映画雑誌でも好意的に扱われ、役者の演技や脚本が作品の良し悪しを決めるのだと誰もが思っていた。そして、主役俳優はいわゆる銀幕のスターとして認知されていた。映画はまだ人々にとって特別な存在であった。

ところが「バットマン」に関しては、映画というよりは広告代理店の商品として売り出された。それまでの良い作品を作り、高い評価を受け、商品展開されるのではなく、映画が公開される前からタイアップ商品が大量に出回り、バットマンの図柄が社会に浸透してから映画が公開されるというそれまであまり経験のないマーケティング手法が採られた。

そしてそれは大成功を収めた。

映画「バットマン」第1作でで重要なのはこの部分だ。1989年という時代は、良い商品を作って売るという手法がマーケティング手法に取って代わられた時代の前触れを成していた。「バットマン」の成功は、世の中のありとあらゆる場所に浸透して、作り手の価値は落ち、売り手の価値を上げていった。

工場で日々良品を作るよう努力している人たちはバカにされ、ただの粉末コーンスープに「じっくりコトコト煮込んだ」と商品名を付けて売る人がもてはやされた。「バットマン」が面白いかどうかではなく、より多く公開前に露出して浸透を図ってから公開すれば利益を最大化できるという理屈の方が重要だった。

のちに中産階級瓦解の一因をなすこの変化について言及する人は少ない。

一方で、「バットマン」第1作は、ティム・バートンの作家性に依存し作品の質を高めた映画であった。ティム・バートンがリメイクしたこの映画の完成度が高かったために、その裏で起こった「作り手と受け手」から「広告代理店と消費者」への変化は上手く世間から隠されることになった。また隠されたことで、この「売り手の変化」はすべての企業に浸透していったのだ。

アメコミの世界をリアリティーある世界に落とし込む80年代から始まった流れは、荒唐無稽な脚本の採用を可能にした。またCGへの変化にも対応した。日本の特撮ヒーローは、ハリウッドがこの時代に行ったことをやらなかったためにいまだに特撮部分が実写の絵から浮いてしまっている。

「バットマン」はいろんな意味で時代の変わり目に位置していた映画である。




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