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「DEVILMAN crybaby」第10話・最終回 感想(素晴らしいアニメでした) [アニメ/特撮]

良かった。素晴らしいアニメ化だったと思う。ついに永井豪の原作版が完全なアニメになった。

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第9話で飛鳥了=サタンを殺そうとしたのはアニメ版の魔王ゼノンでした。あっさり処分されちゃいましたが。

飛鳥了の記憶が改変されていたところも上手く処理してあったと思います。

天から堕ち、一敗地にまみれたルシファーが、サタンとなって再び地球に舞い降りたものの、その姿は生まれたばかりの子供の姿に変えられ、ルシファーとしての記憶も、サタンとしての記憶も何者かに奪われた。彼は真っ白な子供として地球へと舞い降りた。

幼きサタンは、南米ペルーのジャングルに降ろされ、原住民に拾われた。彼はその不思議な能力で神と崇められてた。ところが彼は米軍に急襲され危うく命を失いかける。防衛本能だけで彼は生き続け、海に流されて日本にまでやってきた。

ずぶ濡れの彼を見つけて助けてくれたのが不動明だった。不動明と家族は彼を引き取り、幼い時代を共に過ごした。

飛鳥了と名付けられた少年は里親に引き取られ、不動家と別れることになった。やがて彼は青年へと成長し、人類学者とともに自身が最初に姿を見せたペルーのジャングルへとやってきた。そこで彼と共同研究をしていた学者が発狂して了を殺そうとしたものの、了は生き延び、生存本能のみで大きな成功を手に入れ、再び日本へやってきて不動明と邂逅した。

ここから第1話になり、第8話で自分の改竄された記憶を辿るためにペルーへとやってきて、またしても米軍に襲われる。だが今度の彼はただの生存本能ではなく、鍵がかかっていた自分の生い立ちに辿り着き、ついに自分が魔神サタンだと理解した。

第8話で了が地面を掘って「ここに埋めたはずだが」とやっていたのは、第10話で不動明から託されそうになって結局受け取れなかったバトン。人間が繋いできたバトンを彼は受け取らず、自分が人間ではないことに気が付いた。埋めたと思っていたのは偽の記憶。

飛鳥了の記憶の改竄を行ったのは神。そもそも地獄から地上へとやってきたかつてのルシファーを子供の姿に変えたのも神だし、米軍を使ってサタンを子供のうちに殺そうとしたのも神、少年の了を襲ったのも、青年の了を襲ったのも神。サバトパーティーの痕跡を消したのも神。神はルシファーの存在を何度も消そうとして失敗していたのだ。

原作ではページ数が足らずに曖昧に処理された飛鳥了=ルシファー=サタンの関係を、神の幾度にもわたるしつこいくらいの関与で上手く描いてあったと思う。

あとは、改変してなくなってしまった場面を別の人物でやったり、テレビアニメ版のデビルカッターを入れてみたり、最終回なのでデビルマン要素をたくさん盛り込んだ内容になっていた。

神と悪魔と人間とデビルマンたちが入り乱れて、最後は了を残してみんな死んでしまったかのようなラストは漫画版と同じ。人間のみならずデビルマンも死に絶え、残ったのは神と堕天使のみ。

このどうとでも解釈可能なラストシーンのオレの解釈は漫画版に準拠していて、ルシファー=サタンは天使でありながら女性性=肉欲を持つ存在で、生殖なしで誕生したアダムに屈するのを拒否し、肉欲と出産の欲求を満たすためにつがいを求めてわざと堕天したというもの。彼ら悪魔は強い者が何もかも得る時代に繁栄したが、神の御姿に似せた人間が誕生してくるといったんは地を追われるもののやがて人間にも憑りつき地上に潜伏した。

「デビルマン」の飛鳥了は人間としてふるまっているときは神の似姿である男性性であるが、堕天した本来の自分を思い出した途端に女性性になる。サバトパーティーのときは自分が何者であるかわからなかったために、ルシファーとしての自分がつがいとして求めるアモンを呼び、偽りの記憶の中の人間としての自分が不動明を呼び、無意識のうちに合体させてしまった。神はとても女性性の神である飛鳥了=ルシファー=サタンを怖れ、必死にこれを封じ込めようとしている。飛鳥了の中の女性は封じられ、理知的ではあるが感情のない歪な人間になってしまう。彼が泣いたのは、自身の姿を取り戻し、神の関与がなくなって、不動明を失ってからだ。

ルシファーとしての彼女が求めていたのは地獄の勇者アモンであった。アモンが思い定めた雄であった。ルシファーは彼と結ばれ子を成すために堕天したが、神はそれを赦さなかった。だから神は最後までアモンを不動明の中に封じ込め、サタンが降臨してしまった地球を滅ぼした。不動明は体内に悪魔がいてそれを神≠人間である不動明が抑え込んでいるけども、飛鳥了もまったく同じだ。飛鳥了の偽りの記憶は、ルシファーを封じ込めるためのものに過ぎない。

ルシファーは願いが叶わずアモンも、そして不動明も失ったが、天に背いたルシファーはまだ生きており、今一度天地創造からやり直す新しい地球においてもつがいを求めそこに降臨するだろうというのが最後の場面だ。結局生き残ったのは堕天使ルシファーも含めて神だけだったということだ。

漫画版のオレの解釈は以上なので、湯浅デビルマンはまったくオレの解釈と同じといっていい。最初から最後まで漫画を読んだときと同じ感慨が、同じように沸き起こってきたよ。本筋は一緒でも内容が改変されているから視聴も新鮮だった。まさか決して完全ではないあの「デビルマン」がこんな素晴らしいアニメになるとは思わなかった。

まぁ他のアニメも好きだけどね。子供用に製作された最初のテレビシリーズだって、子供心にすごいインパクトがあったし、そのほかのOVAなども様々な切り口で原作の持つ魅力を出そうと努力していたのは理解している。

でも原作をこれだけ忠実に再現したのは初めてじゃないかな。完璧だった。

分からなかったのはラップだけ。世代が違うからしょうがない。

そんなわけで、ああ、ついに全部観てしまいました。

今期、これに勝るアニメがあるとは到底思えない。やはりね、有能な作り手に任せるべきなんだよ。監督なんて雇われでいい、所詮三下、誰でもできる、漫画をそのまま動画にすれば漫画を読んだのと同じ感覚が味わえる、そんな世迷い事ばかり言うのは、ちゃんとした批評眼を持たないからだ。ポジショントークばかりしているから見る目を失うんだ。

うん。これは面白かった。すっかり満足した。




コメント(8) 
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コメント 8

ソルティック

ちょっと待て自殺したいのかみたいな美樹ちゃんのポエムが、原作での僧侶デビルマンのテレパシーなのは上手いと思いましたね。
by ソルティック (2018-01-14 01:28) 

ダグラム

ソルティックさんへ

僧侶デビルマンってヒンズー教の坊主たちでしたっけ。彼らが修行の末に手に入れた精神力で全員デビルマンになったことは覚えているのですが、テレパシーのことは忘れています。

いま手元に原作がないんですよ。

とにかく余すことなく組み込んであったと思います。

by ダグラム (2018-01-14 15:06) 

ソルティック

原作ではデビルマン軍団をリクルートする手段がテレパシーでした。僧侶デビルマンはそこが明たち通常のデビルマンよりも百倍だか千倍だか強力だったみたいな記憶。

原作版ミーコ(のデーモン)が最後にちょろっと出ているところにもニヤッとしましたね。
by ソルティック (2018-01-14 15:30) 

ダグラム

ソルティックさんへ

最後のミーコが実験台になるはずのところは分かったんですが、坊主のテレパシーによる呼びかけが牧村美樹のSNSになってるとは気づきませんでした。

でも超能力→SNSというのは面白い改変でやっぱり素晴らしい!

by ダグラム (2018-01-14 19:04) 

TAKASHI

初めまして、漫画版やアニメ版のデビルマンを1度を見た事がないゆとりです。全10話を一気に観ましたが、今やっているアニメよりも格が違うアニメだと感じました。とにかく無常、そして切なかったです。

そしてラストの破壊された地球が別の星として再生された件ですが、
個人的に湯浅監督は神を陽、サタンを陰として見ていると思いました。
つまりループするのはそもそも正義や悪という立場は不滅だからです。
悪魔以外のものを認めないサタンは勝利することなく、絶対正義である
神が勝つように仕組まれ、そして再び善悪をめぐって争い、新たな
デビルマンが生まれる、輪廻転生の世界だと感じました。
残念ながら海外のアニメレビュー記事、英語で書かれたコメントを
読むとキリスト教徒やイスラム教徒からは不謹慎だとなっていました。
牧村美樹の父親が白人で殺され、米軍が原住民を殺害するシーンが
反米的で日本人は極右思想を美化していると言うコメントもありました。
一方で日本人がアニメで表現したことはハリウッドでは絶対に無理な
ことなので、賞賛するアメリカ人やアジア人も居ました。
あとラップはアニメが好きな外国人からは日本ではアイドルの歌しか
音楽内と偏見があったので、それが新鮮に感じたようです。
どうも日本人は自分たちの文化以外を認めない連中だと英語圏からは
誤解されているみたいですね。

長文駄文で申し訳ありません。
by TAKASHI (2018-02-25 17:12) 

ダグラム

TAKASHIさんへ

初めまして。コメントありがとうございます。

「デビルマン」は二元論的世界観の中で完結している作品なので、「陽と陰」という言葉を使うと陰陽思想が絡んできて若干混乱してしまいます。シンプルに「光と影」でいいのではないでしょうか。陰陽思想とゾロアスター教から始まった二元論宗教はまったく違うものなので。

日本のアニメが海外で放送され人気になった70年代を過ぎたころ、海外で日本の漫画がボチボチ翻訳され始めました。「マジンガーZ」シリーズが大人気だった永井豪作品も翻訳されたのですが、もっとも強い拒絶反応を喰らったのが「デビルマン」でした。

人の思考は言語や時代や性差など「考え方の枠組みとしてのイデオロギー」の中で展開されています。言語や時代や性差(を巡る言語)は人の頭の中で考え方の枠組みを作り、その上に道徳や規範などが成り立っています。二元論、光と闇の思想は、我々(光)と我々とは違うもの(闇)を生み出す一方で、世界中が我々(光)に与すれば我々と同じになるという世界宗教の側面を持っています。その考え方が部族間の紛争を解決しました。光の側に属するか闇に属するかを分化する枠組みは、小さな部族をより大きな民族、国家へと成長させていきました。

そうした彼らの広義のイデオロギーは、闇(悪)を取り込んだものを光(善)とは認められない。悪と合わさったならそれは悪なのです。まさか鬼の力さえ護国の守護に使おうとする民族がいることを想定できていませんでした。ここが日本人との広義のイデオロギーの違いです。悪をなすカミという概念がない。「デビルマン」はおそらく日本でしか生まれない表現だったでしょう。

概念を理解できない反発が起こった後の外国人の反応は、相手を闇(悪)に押し込める情動が生じたというだけなので論ずるには値しません。

原作及びアニメ「DEVILMAN crybaby」の良い点は、神が人間には全く関与していないことです。神は神族であるルシファー=サタンにしか関与していない。ルシファー=サタンを闇(悪)として定義するだけでなく、女性にして聖書の記述に切り込んだ点を高く評価しています。聖書=神の世界では、女性は数を増やす道具としてアダムの肋骨から作られますが、もっと根源的な否定者として描いているところが素晴らしい作品ではないでしょうか。

by ダグラム (2018-02-26 11:45) 

お名前(必須)

最後は了=サタンが生き残ったけど、
明が訴えていた「他人の為の愛」がサタンに芽生えた。
最後は明の思いが生き残った。
サタンは心変わりして反省して神に反抗しなくなれば、神が明に感謝して明と人間を生き返らせてもいいと思うが、そうすると今度はサタンがいないからデビルマンの続編はできなくなる・・・
結局、これで最後なのか。もったいない。

壮大なテーマなので、もっと時間をかけて良かった。
10エピソードにまとめてしまって、呆気にとられているうちに終わってしまった。20エピソードでもよかったと思う。


by お名前(必須) (2018-05-12 21:50) 

ダグラム

たしかに10話では短かった気もしますが、原作もそれほど分量はないですし、テレビとのタイアップで区切りがついた後に続けた部分が「真デビルマン」なので、完全に完結してはいます。湯浅デビルマンは前半と後半を完全に融合されているところが評価すべきところ。

それに堕天使ルシファーは悪ではなく、あくまで神です。心変わりしたのではなくて、最初から神≠神の関係。飛鳥了が女性である部分がヒントになってます。それに神は悪魔とは取引しませんし、感謝もしません。

by ダグラム (2018-05-13 00:00) 

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