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「信長の忍び~伊勢・金ヶ崎篇~」第49話 感想(鋸引きで死ぬ男) [アニメ/特撮]

浅井家の裏切りによって朝倉討伐に失敗した信長は、急いで岐阜城に戻る必要があった。

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浅井家の裏切りにより岐阜への岐路に危険を感じた明智光秀は、南に迂回して千草街道を通るように信長に進言した。これを受け入れた信長は、急ぎ岐阜へと向かった。

信長にすべての地位を奪われていた六角氏は、これを幸いと暗殺者を仕向けた。それが杉谷善住坊とされる。

しかしこの人物の氏素性に関してはよくわかってはいない。六角氏からの依頼で狙撃したのかどうかも想像の域を出ない。フロイスは信長と敵対する勢力の仕業を匂わせているが、根拠があるというわけではなさそうだ。「信長の忍び」では、織田家の尾張からの南進に腹を立てた忍者群が六角氏の依頼で狙撃したという説を採用しておりました。

氏素性の良くわからない杉谷善住坊ですが、その死にざまはたいへん有名。彼は約20メートルの至近距離から信長に対して2発の弾丸を打ち込んだもののかすり傷しか負わすことができず暗殺は失敗。硝煙の臭いを残したまま逃走します。2発撃つ時間があったこと、20メートルの距離から撃って逃げおおせたということは、崖上からの狙撃ではないかと個人的に推測しています。彼の忍者説の根拠も、このときに逃げることができたことが一因となっている。

岐阜への帰路にある信長一行は、この暗殺者に対して深追いはしなかった。伊賀や甲賀の影響が大きい南回りルートは危険が大きく、また何者かによる陽動作戦の可能性も捨てきれないことから、態勢を整え、少数を追手にかけただけで自身は岐阜へと無事に帰還した。

しかし、狙撃された信長が犯人を許すはずもなく、岐阜到着後すぐに徹底的な犯人探しが行われ、杉谷善住坊は近江の阿弥陀寺に潜伏しているところを発見されてしまう。捕らえられた杉谷善住坊は、生き埋めにされたのちに生きたまま首を鋸で切断される、いわゆる鋸引きの刑に処されてしまった。

鋸引きというのはたしか平安時代からあった処刑法で、罪人を地中に埋めて首だけ地上に残し、ふたりの男が大きな鋸を左右で構えて掛け声とともにゆっくりゆっくりギコギコギコギコ首を切っていく、おそらく日本で最も過酷な処刑法です。記憶が曖昧ですけど、女性で鋸引きにされた記録はないはず。

信長を撃った男としては雑賀六字が有名ですが、杉谷善住坊はその処刑方法で有名になってしまった、哀れな男でございます。

自分は彼の忍者説は取っていません。


感想は以上ですが、「信長の忍び」ってもしかして来期はやらないのか?

続けようぜ。






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