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「ベルセルク 次篇」第24話・最終回 感想(そして原作は休載) [アニメ/特撮]

最終回としては良かったのだが、まとまりは悪かったな。作者は冬まで冬眠するらしいし。本当に冬から描くのか? ほとぼりが冷めるのを待ってるんじゃないのかと。

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「ベルセルク」が完結するのが早いか作者が死ぬのが早いかと話題の作品だけども、オレの方が先に死にそうになっているのだが、どうしてくれるんだ三浦建太郎。休載じゃなくて、ダメならダメってことにして、白泉社で作画チームを組んで続きを描くとかだな。

大体漫画家の負荷が高すぎるのにいまのいままで改善しなかった業界が悪いんだし、もうこのエロゲー親父はダメなんだから、何とかならんのかね。栗本薫みたいにギリギリまで描き続けるならまだしも、描くのか描かないのかわからないんじゃなぁ。マシリトをもってしてもこれとは。

ま、漫画の方はさておくとして、「ベルセルク 次篇」も今回で最終回。んー、一応海まではきたが、最終回なのに、キャスカのために妖精島を目指しているって入れなくて良かったのだろうか? 劇中で目指しているのはパックの故郷だとは何度も出ていたが、やはり基本として最後にもう一度念を押しておくところだったはず。

キャスカのために妖精島を目指し、妖精王に会って狂ってしまった彼女の頭を直して貰いつつ彼女がもう二度と危ない目に遭わないように匿ってもらうのがガッツの願いだと念を押しておくから、キャスカがまともになったときにガッツを裏切る場面が生きるはず。いや、裏切るかどうかは原作でもまだ確定はしていないというか確定する前に休載になったわけで・・・。

でもまぁ大抵はキャスカはいったん裏切ってグリフィスのところに戻る、ところがそれはグリフィスではなくフェムトだと思い知らされ、同時に誰かによって自分が狂っていたときにどれだけガッツが親身になってくれたか知るって流れじゃないのかな。やっぱりキャスカはふたりの間に立つ存在で、どちらかにずっとなびいて離れないってキャラじゃないよな。

今回は最終回だけあってかなり気合を入れた作画だったが、ラストの場面が全部手描きになっていて、最後の最後までCGと手描きは融合しなかった。

GEMBAのCGのところは、モブを新たに作ると金がかかるので、前に登場したキャラを使い回すというのが、やはり弱点だったな。これはどこが作っても同じで、「シドニアの騎士」もモブを使い回すものだからかなり違和感があった。多少いじっても、前に出ていたあのキャラだってすぐにわかっちゃうんだよね。CGでアニメを作る人たちは、このモブ問題は何とかしなきゃいかんだろうね。かなり明確な弱点になってるよな。

軍隊の演習シーンを遠景で描くところなどは、手描きよりコピペできるCGが有利になる。口パクの違和感とかは、CGというより、アニメの動画としてさらにレベルアップしていけばいいことじゃないかな。CGだと喋るときに顎がガクガク動くけども、手描きではかなりの労力になるあの顎のガクガクを簡単にやれるのはCGの利点だろうが、まだやっぱり違和感があって、それをアニメの動画としてどう処理すると観られるように直せるのか、まだわかっていないはず。

東映などはCGで顎が動いてもさほど違和感を感じないのは、アニメの動きとして顎のガクガクの回数を減らしながら、科白との齟齬が生じないように工夫しているんじゃないかなぁ。「ベルセルク」は顔のアップで早口の科白を喋らされ、その科白に合わせて顎は動きっぱなしになるものだから、ガクガクが余計に目立っていた。アップばかりを繋げるのは監督とかコンテマンの仕事だから、悪いのはCG班じゃないけどね。

最後の手描きの部分は、悪くはないけども、あれで全部やる予算はないわけだよね。手描きの悪い部分は予算を喰うということと、アニメーターを確保できないというところか。

CGも手描きも、悪い点ばかりが目立ってしまって、なんだか可哀想。双方に関わった人たちは頑張ったはずなのに。

まぁそんなわけで、今回で分割2クールものとしては終了し、続編があるのかないのかは微妙なところ。漫画が休載ばかりで終わりが見えないわけだから、アニメにする理由がない。アニメ化で原作者が張り切ってどんどん描いてくれたなら良かったが、そうはならなかった。アニメが終わった途端にまた休載。これでは匙を投げられてしまうよな。

最近はこんな漫画家ばっかりだよ。0から1を生み出すのは作家の仕事で、それは尊敬され恩恵も受けるべきだが、1が100になり1000になってきたとき、作者が1000を1002にしかできないのなら、出版社が後を引き受けて1000を2000にしていった方がいいと思う。

松本零士などのがめつい奴らが、とにかく漫画の所有権は全部漫画家のものだって主張してきて、出版社もそれをできるだけ尊重しているが、こうして肝心の漫画家が仕事をしなくなったとき、出版社には何の権利もないのかって話だよな。

「ベルセルク」なんか続編を描く権利を出版社が買い上げて、出版社がアニメ会社のように脚本と作画をコントロールした方がいいけどなぁ。もしくは、そうした漫画の連載請負業務をアニメ会社が新規事業としてやっていくか。そういえば、アニメの美術なんかもそうだけど、漫画の背景も漫画家にアシスタントを雇わせて描かせるより、法人で専門会社を作って請け負った方が効率的じゃないのかね。どうせトレースばかりなんだし。

アニメの3期を作るならやりようはあるけど、やる理由がなくなってしまった。

作者とアニメ監督のどちらもダメじゃ、この体制で3期をやる理由はなくなってしまうよね。

応援していたけど、こりゃダメかな。

「ベルセルク」はもう三浦建太郎の手を離れた方がいいとオレなどは思う。アメコミは昔っからそういうやり方で連載を続けているし、画力は維持どころか書き手が変わるごとにレベルアップしている。ひとりの作者が何から何まで全部やることを望んでいる日本の漫画ファンが、作品の継続力を奪っているんだよね。結果として、コンテンツを使い捨てにしている。

なんで日本人はこう合理性に欠けるのだろうか? 「ドラゴンボール」なども、別に鳥山明が描くことに拘らなければ、ずっとジャンプの看板漫画でやっていけるのに。「鳥山が描くから~」なんてのは老人のたわごとで、子供のころから「ドラゴンボール」を読んで、いつか自分が「ドラゴンボール」の作者になるんだって夢見てる子供の方が絵はレベルアップするんだよ。その子は0から1が生み出せないだけで、1000から1500まではその子が請け負うのかもしれない。

ひとりの漫画家の人生なんか短いのだし、物語の始まりは漫画家のものだとしても、物語の継続は出版社やアニメ制作会社のような法人と、読者のものだと考えますよ。

おかしいですかね?




コメント(4) 
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コメント 4

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極端な話ですが、その作品のファンが集まって作者がその後を描かなかったキャラで作られた創作作品等も素晴らしいものがあります。
確かにその漫画家でしか表せない色というものはあるでしょうが、そこにこだわって何十年も話が進まないとかなるとどうなんだろうと思いますね。色々な思惑が絡むと漫画としての質は落ちる気もしますが…
by お名前(必須) (2017-06-24 11:34) 

ダグラム

お名前のない方へ

2次創作はまた別の話ですが、妖精島に着くまでにどんだけかかってるんだよって話ですよね。

三浦建太郎氏の画風が好きな人の擁護は理解します。でも、完結は事実上不可能、作者はやる気があるのかないのか分からない状態を放置するのはもったいないし、打ち切りなどはもってのほかとなれば、せめて原作に徹するとか、原案にまで下るかの決断が求められるはずです。

絵柄はキャラクター設定と美術設定をしっかり組めば、悪くはならないはずなんですがね。

by ダグラム (2017-06-24 19:04) 

しがない地底人

文を見てみましたが、一人の一つの考え方として、別にわたしはおかしくないと思います。
アニメや漫画は、作者・作成者と読者・視聴者で成り立っているわけで、どちらの意見や思いも尊重しなくてはいけないわけで...、難しいですよね。
by しがない地底人 (2017-06-27 21:13) 

ダグラム

しがない地底人さんへ

作り手と受け手という問題もそうなんですが、その作り手も、原作、作画、アシスタント、編集、責任編集といまして、いまは原作と作画(同一である場合が多い)に権利が集中しているんですよね。人気がなかったり、継続して作品を描き続けている場合は問題ないのですが、人気はあるのに作者が病気になったり、描く気力を失ったりする場合が多々あります。

人気というのは読者・視聴者の期待や応援ですから、そうした場合、作者と出版社で作品の継続方法が話し合われる機会が欲しいんですよね。

その作者が原作、作画、鳥山の場合など背景に至るまで関与しなければその作者の作品と認めないという風潮は作品の継続を阻害する要因でしかない。

三浦建太郎からは言い出しにくいでしょうから、白泉社の方から何らかの提案があってもいいと思っています。

by ダグラム (2017-06-28 07:29) 

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