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「OVERMANキングゲイナー」第1~5話 視聴 [アニメ/特撮]

アニメの再視聴を始めた初期に、富野由悠季の名前だけを頼りにレンタルしてみた作品を、再視聴することにした。

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基本的には、人間の生産活動によって弱体化した自然環境を、人間がドームポリスに居住することで解決しようとした世界にあって、自然の復活を確信した人々によるドームポリスからの脱出であるエクソダスを試みる立場と、当初は自然保護を目的としながらも、いつしか利権まみれになった立場の人々との間に起こった追っかけっこが話の中心だ。

戦争をしているわけではないので、人が死にまくる話ではないものの、OVERMANという名の不可思議ロボットを双方が所有しているので、毎回毎回戦いのシーンがある。これが面白い。

OVERMANはロストテクノロジーの産物という設定のようで、なんだかよく分からないがこの世界に存在しており、整備などを通じて活用することはできる。火力で戦う代物ではなく、時間を止めたり、消えたりして雌雄を決するのだが、これがアイデア満載で見ていて飽きない。回を追うごとに、信じられないような能力を持つOVERMANが登場する。

登場人物は、相反する設定を併せ持つように造形され、ドームポリスのお姫様なのにエクソダスを支援するようなことを言ったり、エクソダスを憎んでいるのにそれを推進する女の子に惚れているばかりに手伝ったり、孤独でタフな男なのにいいところのお坊ちゃんだったり、強いはずの男が負け続けたりしている。

人間の描き方がおもしろく、このやり方は「ガンダム Gのレコンギスタ」に引き継がれている。アンビバレンツなまま状況に対応していくうちに、自分の立場が定まっていくやり方である。ベルリ・ゼナムなどはまさにそうで、好きな人の恋人を殺し、恩師を殺した事実に打ちひしがれながらも、腹は減るし、次の戦いはすぐにやってくるし、女の子のことは気になるし、曖昧で定まらぬ心持を抱えたまま状況だけがどんどん進んでいく。

演出上、人間の気持ちを多方向に振るのは難しい表現だが、「∀ガンダム」などではすでに試みられていたように思う。悲しみの感情が湧き起こる場面で、泣きの演出をせずにコミカルなシーンを挟んですぐに次の問題が起こるものだから、ついてこられない人もいるだろうが、ひとつの感情を保留しながらも、登場人物はそれぞれが勝手に自己解決していく様子はまさに群集をただの塊りとして描かない独特なものだ。これがおもしろい。

悲しんでいる人がいる横で楽しんでる人もいたり、恋愛感情が盛り上がってる人の横で大好きな夫が死にかけている人もおり、人間社会の描き方として本当に勉強になる。「リーンの翼」の冒頭部分はまさに傑作だ。

引き続き視聴していく予定。





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