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「正解するカド KADO:The Right Answer」第2話 感想(境界体?教誨体?カド) [アニメ/特撮]

監督の村田和也って「翠星のガルガンティア」の人か。ファーストコンタクトのシーンは抜群に上手いな。魅入ったわ。

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羽田空港上空に突如出現した謎の立方体に、乗客252名を乗せた旅客機が飲み込まれてしまう。その立方体は外部からの干渉を一切遮断する特性を持っており、目視以外の観測が事実上不可能であった。

乗客の中にいた外務省交渉官の真道幸路朗はその立方体内部において、謎の構造物の所有者であるヤハクィザシュニナという人物と遭遇した。ヤハクィザシュニナは人類との対話を望んでおり、真道は彼に協力を求められた。協力の対価として乗客の身の安全と食料等の確保を約束させた真道は、ヤハクィザシュニナに協力することを約束した。

異星人の所有する構造体の名は「境界体カド」と呼ばれており、その内部に取り込まれた物質は構造変換によって外部の物質とは異なったものになっていた。それを再び外部に出すには再変換が必要で、それに有する日数は29日間。その間にヤハクィザシュニナと真道幸路朗は日本政府と交渉することになった。

3時間の猶予ののち、日本政府は対策本部の設置と外務省から交渉官の選抜を行った。選ばれたのは、海外から帰国したばかりの徭沙羅花(つかい さらか)だった。


という内容の第2話でした。とにかく面白くて引き込まれる。

劇中において、唯一の正解は「考え続けること」と明かされたので、人類と接触は、人類は考える葦であるかどうかの確認のためなのかもしれない。

いまのところ、ヤハクィザシュニナが異星人なのかどうかは明らかになっていないが、断言できるほど情報がないけども、生体の異星人が惑星間移動をして地球にやってきたということはなさそう。ヤハクィザシュニナが最初に音楽の旋律のような音声を発したところを見ても、地球が目的でやってきたというより、知的生命体とことごとく接触を図ってるように理解した。すぐ前に接触した知的生命体があのようにコンタクトを取っていたので、とりあえず前と同じ方法が通じるか試してみたのだと思う。

生体を惑星間移動させて、知的生命体との接触を図るのは無理がある。生体は経年劣化と無縁ではないから、時間が目的の遂行を阻む。目的を遂行するためには、目的を果たすこと自体を独立させて考えなければならず、果たされた目的を知ることも諦める必要があるのではないか。他惑星に発生した知的生命体に接触することを目的にして、接触の事実を知ることも諦めた場合、接触して何を知りたいか、何を確認しておきたいか、自分たちがいるということ、あるいはかつて存在したということを相手に知ってもらうこととともに、何を確認して共通認識に至りたいかをかなりはっきり定めた上でなければ、こんなことはしないはずだ。

正解は考え続けることだというのは、カドとヤハクィザシュニナを外宇宙に送り込んだ異星人が、別の惑星で発生した知的生命体に伝えたい自分たちの考えであり思想の原点なのだと思う。それを強制してくるかどうかはまだ不明。

以上のことから、ヤハクィザシュニナは地球人を模して作られたコンタクトを取るための情報伝達装置なのだと思う。カドが人工人格もしくは人工実存の本体じゃないかな。ヤハクィザシュニナはカドのことを「きょうかいたい」と呼んでいた。外部から隔絶したものなので「境界体」だと思うが、今後の展開次第では徳を諭す意味合いが持たされているかもしれないので、教誨体である可能性もある。

ノヴォについては判断できるほどの情報がなかったはず。真道幸路朗は来訪の目的を聞いたはずなので、おいおい明らかになるはずだ。

正解するカドとは、考え続ける隔絶したものの意で、人工実存に非常によく似ていると感じた。ある目的を持ち、その遂行のための労力は惜しまないが、成果は時間的な制約で得られないと諦め、それでも目的遂行を諦めない知的生命体の、あくなき好奇心の強さこそ、知的生命体であることの証だろう。

オールドSFのテーマかもしれないが、とっても新鮮な気持ちで観ることが出来ている。

アニメなどは自分の好きなのを観ていればいいけども、なかなか他の作品を霞ませるだけの魅力ある作品だと思う。





コメント(2) 
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コメント 2

カドファン

…これってただの感想ですよね?スゴイ。解説でも読んでる感ハンパなかったです。
しかし、なんか、難しいですね…
考え続ける隔絶したものの意っていうのがまだちょっと理解できてないんですけど、説明お願いしてもいいですか?
by カドファン (2017-04-15 15:32) 

ダグラム

カドファンさんへ

あくまで2話まで観た視聴者の考察なので、正しくはありませんが、一応説明します。

ヤハクィザシュニナが「正解は考え続けること」と発言したのと、品輪博士がカドをフレゴニクスと名付けて「すごく隔絶したもの」と発言したことを組み合わせて「考え続ける(正解)隔絶したもの(カド)」となります。

考え続けることを「正解」とするのは、ソクラテスの時代から確認されている唯一の正しさで、「未来は不確実」を論拠としています。

カドについては情報不足ではありますが、ダーザイン(いまここにある現実感)とエグジステンス(実存)は一緒ではないというこれも哲学の話が論拠です。

カド(実存し隔絶したもの)が正解(考え続けること=答えを知らないことを知ること)とともに宇宙からやってきたという描写は、他者との接触を大掛かりにやっているのだと理解しました。カドとは他者そのものです。

いずれにしろ哲学の話です。


by ダグラム (2017-04-16 08:42) 

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